結婚式
潮の匂いが混じる爽やかな秋の風の中、チャペルの鐘の音が響き渡る。
純白のウェディングドレスに身を包んだ葛葉メイ、いや戸籍上は既に堀田メイであるが、兎に角これまでに見せたことの無いようなさわやかな笑顔を纏っていた。
マーメイドタイプのドレスは腰の括れとそこから続く美しいコークボトルラインを際立たせ、彼女の女性としての魅力を十二分に強調していたが、如何せん筋肉質で広い肩幅がなんともアンバランスな印象を与えていた。
「幸せそうな顔しやがって、なんかムカツクわね」
メイに声をかけたのは彼女の幼馴染で親友(?)の有村キリエだった。
花嫁より一歩引くため地味な色でしつらえられた紺色のドレスは若干サイズに余裕がないように見える。
「あなたそのドレスパンパンじゃない?」
「しょうがないでしょ! 最後に着たのもう7年も前なんだし! 同窓生の結婚ラッシュもとっくの昔に収まったころに今更結婚なんかしやがって! しかもスケジュールがタイトだし。新しい服用意する準備も無かったわよ!」
怒っているような口調ではあるが、これが古くからの友人関係にあるものの軽口というものであろう。ひとしきり喚いた後、遠くを見る様に目を細めて黙った。
この結婚式場は教会が一段高いところに建てられたようなレイアウトになっていて、そこから降りる階段の一番上部に今メイ達はいる。
少し背伸びをすれば近くの海と、そして遊園地の観覧車を借景するような見事なロケーションである。
「あいつにも……見せてやりたかったわね」
「たらたら不満言うのはあんただけで充分よ」
二人が静かに話していると、親戚に引き留められていた新郎がようやくメイの隣に立った。
「幼馴染みと内緒話ですか? まさかもう新郎の悪口じゃないですよね?」
「どうかねえ? 結婚ってのはゴールじゃなくてスタートだからね」
堀田コウジの問いかけに、キリエは意地悪そうな笑みを浮かべて答える。
「まあ、その言葉はあんたの顔を見るたびに教訓として思い出すと思うわ」
意地悪には意地悪で返す。キリエがホストクラブ絡みで大騒ぎを起こしたのはまだ数ヶ月前の話である。
「それにしても、最初は友達少ないから身内を呼んだ式だけにしようかと思ってたけど、やっぱり披露宴もありにして良かったわ。主役ってこういう気分なのね」
メイは階段とその周りで待っている招待客たちの顔を見ながらしみじみと呟く。交際が発表されてから異様な早さで決まった式の日取りであったが、意外なことにメイの同僚や生徒達は快く式に出席してくれた。
ちなみに教頭をはじめとする同僚たちは本人がそう言っていないにもかかわらずメイが寿退社すると思い込んでおり、この厄介すぎる珍獣を見送る最後の機会なのだから、と同僚の出産祝いに金も出さない女の結婚式に参列したのだ。
むしろ堀田コウジの方が友達が少なすぎて参加者を集めるのに苦労したようである。
「それにしても本当に急な結婚式でしたね。普通もっと半年くらい前から予定したりするもんなんじゃないんですか?」
メイに声をかけたのは中学校の制服を着た一団。彼女が受け持ってきた学校の生徒達である。式には出ず、披露宴だけの参加の予定であったが、ブーケトスが見たくて集まってきたようである。
彼、彼女らの中心にいて話しかけたのは白石アスカ。色々とメイに対しわだかまりはあったものの、それらはもう乗り越えることが出来たようであった。
「まあね、色々とあるのよ大人はね」
そう言ってメイはコウジの方に笑みを向ける。するとコウジは顔を赤らめて視線を逸らした。
「ま、まさか?」
「どうしてもお腹が大きくなる前に式を済ませたかったのよね。写真は一生残るし」
メイの言葉に生徒達は顔を赤くし、一部の生徒は囃し立てるように口笛を吹いた。
「こんな淫乱女に誑かされてたなんて、センパイも草葉の影で泣いてるッスよ」
ハンカチで目元を拭くような仕草を見せながら現れたのは如月杏。当てつけのように喪服を思わせる真っ黒な上下のパンツスーツを着ている。そのすぐ後ろには小柄な少女が立っていた。
「あなた、ユリアを引き取って育ててるってホントだったの?」
如月の連れているのは、元ダッチワイフの少女、ユリアであった。
「もちろん。ユリアちゃんはパイセンの精を受けて受肉した存在。謂わば子供みたいなもんッス。つまり私とパイセンの間にできた子供と言っても過言じゃないスから」
「今の説明にあんたが入る余地なかったじゃん」
どう考えても過言ではあるが、必死な表情の如月に誰も突っ込むことが出来ない。
ユリアは半分如月の身体から顔を覗かせながら、恥ずかしそうに手を振った。しかし彼女が手を振ったのはメイではなかったようだ。
その視線の先をメイが見ると、やはりこちらもやや気恥ずかしそうに手を振り返す少年がいた。有村キリエの息子、ユキである。入学当初と違って、今は男子用の学ランを着ている。
「良かったじゃないキリエ。息子の将来のお嫁さん候補も見つかったみたいだし。あんたの息子とダッチワイフの結婚式には是非呼んでよ」
この発言に大変憤慨したキリエであったがメイは彼女を無視すると、隣にいたコウジをひょい、とお姫様抱っこした。
「ちょ、ちょっと! メイさん!?」
新郎の抗議の声を無視してお姫様抱っこしたまま階段を下り始める。周囲は黄色い声をあげて大盛り上がりである。
「無理は……お腹に子がいるのに……!!」
「あら、妊婦こそ運動が必要でしょう? それよりコウジさんはいつになったら私を守れるくらい強くなるの?」
「ぐっ」
痛いところを突かれてコウジは黙り込んでしまった。
「大丈夫」
階段を下り切って、メイはまっすぐ前を見つめる。
「コウジさんも、この町も、生まれてくる子供も。みんな魔法少女が守るから」