終局
「オオオオオォォォッ!!」
絶体絶命。その言葉がメイとコウジの頭をよぎった。遠くに逃げられるほどの時間はない。さりとて近接攻撃用の剣は先ほどフェリアに取られてしまった。
その上でおそらくは今までで最大のフェリアの雷攻撃が、二人を襲うのだ。
魔力を薄く延ばして盾にする使い方は精妙なる魔法のコントロールが出来て初めて使えるものであり、コウジにはまずもって不可能である。
その刹那、鮮血を噴き出しながらメイが身をよじり、全身全霊を込めた右フックを顔面に叩き込んだ。
負傷しているとはいえその威力には万全の時と比べても遜色ない。それでも人の胴よりも太い首を備えるフェリアの脳を震盪せしめるには足らなかった。
「コウジさんッ!!」
その直後メイが悲鳴を上げる様に叫んだのは今際の際に恋人の名を呼んだのではない。
彼のあまりにも無謀な行動に思わず声をあげたのだ。
バチバチと周りの空気までも帯電し始めた瞬間、コウジはフェリアの身体に抱きついたのだ。
その瞬間、轟音と共にコウジと、そしてフェリアの身体に雷が接触した。
「ッ……!!」
声を発することもできず、くの字に体を折り曲げてコウジが床に倒れた。手の指にはおびただしい数のフェリアの体毛の束が掴まれている。
電撃ショックを受けたことで体中の全ての関節が内側に折れ曲がり、フェリアの体毛を毟り取ったのだ。
「くぅ……この童貞野郎が……」
幸いにもフェリアは体毛から地面にそのほとんどの電流がアースされ、致命的なダメージは受けなかったようである。それでも苦しそうに手足を痙攣させている。よろよろと頼りない足取りながらも後退して距離を取った。
「コウジさん!」
まだフェリアに取っては一足一刀の間合い。しかしメイはビクンビクンと激しく痙攣するコウジの容体を確認せずにはいられなかった。人差し指と中指を揃えて立ててコウジの鳩尾にあてた。
(大丈夫だ、心臓の動きに異常はない……)
しかしその隙を見逃すフェリアではなかった。
「グルルォォッ!!」
先ほどの電撃はコウジがとりついたこともあって力をセーブしていた。その分の力を溜めて、今度こそ最大、最強の出力で電撃を放とうというのだ。
コウジは震える手をかざしてそれを防ごうとする。
メイはコウジの身体を抱えて逃げようとする。
そのどちらも、身を守るには足らない。
フロア中を覆う、まばゆい光が、鼓膜をつんざく轟音とともに放たれた。最早メイとコウジは、せめて目を閉じて抱き合い、体をこわばらせる事しかできなかった。
だが……衝撃が来ない。
メイはゆっくりと固く閉じた目を開ける。目に映った光景。未だ止まず、光り続ける稲妻が、半透明の魔法の盾に阻まれ続けていた。
「グッ、小癪な!!」
苦々しい表情を見せるフェリア。ここで勝負をつけるつもりか、一旦電撃を止めて仕切り直そうとはしない。
電撃を防いでいるのは、アスカの魔法だった。
意識が朦朧としており、もはや戦闘への参加は不可能だと思われていたが、メイ達の後方から、魔法少女の力を使ってサポートしていたのだ。
「無茶を……ッ!!」
メイはコウジの身体を床に置き、電撃の切れ目を狙って素早くフェリアとの距離を詰めた。低空タックルのように低い姿勢。しかし彼女は寝技に持っていきたいわけではない。
狙いは先ほど奪われたガリメラの剣。フェリアのすぐ近くに転がっていたそれを拾い上げる動作を利用して、そのまま全身のバネを使って下から上へと切り上げる。
「ギャウッ」
メイの乾坤一擲の攻撃。得物の半径分の速度が加えられ、強烈な一撃となってフェリアの頭蓋をカチ上げた。
一瞬。ほんの一瞬でよかったのだ。脳が揺さぶられ、意識が混濁する瞬間。
斬撃が効かないのなら、刺突攻撃。それも毛皮によって滑ることのない眼窩か口内を狙って。
眼窩ならば、頭蓋骨によって守られることもなく、直接脳を狙うことが出来る。彼女の狙いは一点に絞られた。
「やめてッ!!」
フロアに響き渡る少女の声。いや、少女ではない。
「有村さん……」
その剣の切っ先を止めたのは、誰であろう有村ユキであった。
「どういうつもりなの……そこをどいて!!」
剣の切っ先のほんの数センチ先には両手を広げて立ちふさがるユキの顔がある。
メイは、動きを取れずにいた。
彼女は正義を執行する立場として、常に『公平』であろうと努めてきた。彼女が悪だと断じれば、たとえ自分の生徒の親だろうと容赦なく鉄槌を下した。
以前の自分であれば、無関係な多くの人間を巻き込んで、復讐のために利用してきたフェリアを守ろうとするならば、自分の生徒であろうとも、親友の子供であろうとも、その体ごとフェリアを貫いていたであろう。
だが、今のメイは、動きが取れずにいた。
「そんな状態になっても……家族ってこと? でもフェリアは、あなたを殺すつもりなのよ?」
剣を構えたまま、真っ直ぐにユキを睨みつけてメイは言った。
「今更情けをかけるニャ。この期に及んでポイント稼ぎしようとも、お前ら親子を許すつもりはないニャ」
魔力を使い果たしたのか、それとも脳震盪のダメージが残っているのか、勇ましい事を言うフェリアではあるが、その体を支える脚は、いささか心許なく感じる。
だがその言葉には強い意思を感じた。人で言えば百歳近い年齢。ここまでの年月をもってしてなお晴れぬ想いが、少し情けを掛けられたくらいで消え去ろうはずもなかったのだ。
「わかってるよ……」
ユキはメイに背を向け、見上げるほどに大きいフェリアの顔をまっすぐに見た。
「ボクにも、大切な物を奪われる恐怖が、ほんの少しだけ分かった。守るべき者が出来て、それを、持つことすら許されなかったフェリアの気持ちがほんの少しだけ分かった」
ユキは今度はフェリアの方に向けて両手を広げた。
「そうすることでしか、フェリアの気持ちが晴れないなら……それも仕方ないと……思ってる」
少年の声が震えている。瞳には涙が浮かんでいる。
それほどの恐怖を感じてなお、自分にできる贖罪は、これしかないと覚悟したのだ。
「待って!!」
キリエがフェリアとユキの間を遮った。
「あなたが恨みに思ってるのは私のはずでしょう! ユキくんは関係ないわ!!」
息子を押し退けて、子の前に母が立ちはだかる。
「……お前らの」
フロア全体に響き渡るような鬼気迫る声。
「お前らのそういう所が気に入らないんだニャ!! ボクから未来を奪っておいて!! 自分達は暢気に親子でメロドラマやりやがって!! お望み通り親子ともどもブチ殺してやるニャ!!」
「やめて!!」
振り上げられた、人の胴体よりも太い前脚。その前脚に抱きついて止めようとする少女。
「お願い、やめて下さい、フェリアさん!!」
いつの間につり橋から降りてきたのか、それは眼鏡の少女、青木チカだった。