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虎の尾を踏む

 メイの声は、明らかに怒気を孕んでいた。


 スケロクから聞いて知っていた。魔法少女が魔法を使う事のリスクを。


 そして、魔力を消耗しすぎたマリエが、どんなことになったかも。思いつく限り、最悪の事態。子供達に声をかけて、その自己承認欲求の高さを利用して魔法少女にして悪魔と戦わせる。


 そこまでなら、市民を守るため、正義の戦いであるとも言える。


 しかし、戦う事のリスクを知りながらもそれを教えていなかったのはいただけない。


 少なくともそのリスクを知っていれば、マリエは必要性の低い用途、スケロクを盗聴するためなどという目的に魔法を使ったりはしなかったかもしれない。


 ウィッチクリスタルの色模様と相談しながら、魔法を使っていくこともできたかもしれない。


 だが現実として、マリエはその記憶の大部分を失い、人格が破綻し、最終的にはアスカと戦って命を落とすという最悪の結果を招いたのだ。


 メイは知らない事ではあるが、コウジ達がであった魔法少女、ヒカリだって同じだ。全ての記憶を失って、人間性までなくし、動物のような状態になっている。


 ぎり、とメイは歯噛みした。


 自責の念に駆られているのだ。幼いころから悪魔と戦ってきた彼女は、基本的には自分が矢面に立ちつつも、『戦う力』を持ったアスカ達にも戦闘に協力することを要求していた。


 あんなことをさせるべきではなかった。スケロクの言っていることが正しかったのだ。どんな理由があろうとも、子供が戦うべきではない。それを止められる立場にいたのに、自分はしなかった。


 そして、その全ての悲劇の元凶が、今目の前にいるフェリアだったのだ。


 二十年の間腹に一物持ったままキリエのペットとして爪を研ぎ続けてきた。


 それが誰にも迷惑をかけず、純粋なる復讐であったのなら、メイは止めなかったかもしれない。


 だがフェリアは越えてはならない一線を越えたのだ。


「アルテグラは協力的だったニャ。悪魔と魔法少女の戦いを観測するという目的もあったみたいだけど、ルビィをはじめとするマスコットにも積極的に魔法を使うように働きかけさせたニャ」


 ずしり、ずしりと足音を響かせて歩き、メイの方に近づきながらフェリアは言う。


 メイはもう険しい表情はしていなかった。ただ、自分にしがみついているガリメラの頭を撫でながら、彼に優しく言葉をかけた。


「ガリメラ……お母さんのところに戻りなさい。家族は一緒にいるべきよ」


 ガリメラに言葉が通じているのかどうかは謎であったが、しかし彼はメイの顔を上目遣いで見つめながら、彼女の体を放した。


「ギ……ウグォォォ……」


 ガリメラは急に眼を見開き、上を向いて口を大きく開ける。彼の喉が大きく膨らみ、その口からはずるずると一振りの両手剣が吐き出された。


「ありがとう、ガリメラ。最後の最後まで、私に協力してくれるのね」


 メイはねちゃりとした水音をさせながら剣の柄を掴み、垂直にそれを引き抜いた。


 ガリメラは少し寂しそうな表情をして、それからタッタッタ、と魔王ベルメスの方に駆けていき、彼女の体に抱き着いた。


「ガリメッラ! ようやく、ようやく戻ってきてくれたのね!」


 メイは抱擁し合う親子の姿を見てからフェリアの方に向き直り、ブン、と剣を振った。ビタ、ビタ、とガリメラの唾液が床に飛び散る。


「ここは私に任せて」


 剣を正眼に構えると小さくそう言った。キリエはユキの体を抱きしめながら無言で頷く。


「メイ、お前はきっとわかってくれると思ってたのに。残念だニャ」


 言うが早いか、フェリアは大きく跳躍して鋭い爪を備えた前脚でメイに飛び掛かる。メイは一瞬右に重心をずらしてから、フェイントをかけて左に大きく避け、すれ違いざまに諸刃の両手剣で切りつけるが、命中したにもかかわらず剣は素通りするように流れてしまった。


 獣の毛皮というものは信じられないほど固い。特にクマやトラなどの猛獣の毛皮には斬撃は殆ど通用しない。その硬い毛と皮膚によって、防御などせずとも全て無効化されてしまうのだ。


 その毛皮をかいくぐって切りつけることができたとしても今度は分厚い脂肪がある。


 英雄譚や神話の中にすら、こういった獣を「切り殺した」という話がないのはそのためである。


 刺突であればまた話は変わってくるのだろうが、急所を確実に一撃で貫いて絶命させないと、刺した次の瞬間にはその牙と爪によってバラバラに引き裂かれてしまうだろう。


 そして、いかに鋭い突きであろうとも、無数の毛がその切っ先を「滑らせる」のだ。メイとフェリアではあまりにも()()が違い過ぎる。


「クッ……!!」


 斬撃を無効化されたことに驚きつつも距離をとろうとしたメイであったが、彼女はすぐにフェリアの()()に気付いた。


 とっさに身をかがめ、超低空にて後ろに飛んで転がりながら受け身を取る。その彼女の頭上を人の腕ほどの太さもあるフェリアの尾がうなりを上げて通過したのだ。


 トラの攻撃手段は主に三つ。すなわち前脚の爪、次に牙、そして最後に尾による打撃である。トラよりも巨大な体格を誇り、人の腕のような筋肉の塊であるフェリアの尾による打撃を受ければメイもただではすむまい。


 さらに、フェリアにはその()があるのだ。


「グルォッ!!」


 大きく口を開けてフェリアが咆哮すると同時、メイは素早く横っ飛びに逃げ、彼女がいた場所に電撃が放たれた。


「オオォッ!!」


 続いてさらに咆哮するフェリア。


「なかなかやるニャ。さすが二十年のキャリアは伊達じゃないニャ」


 両手剣を構えるメイの顔には焦りの色が見えていた。


 フェリアの爛々と輝く両の(まなこ)はしっかりと正面にメイを捉え、牙をむきだしながら歩を進める。


 メイは小さく舌打ちをして、今度は自分から仕掛けに行く。


「フッ!!」


 神速の踏み込みで切りつけるが、躱され、逆にいわゆる猫パンチの反撃を受ける。これを危うく避けて剣で切りつけるがやはり効かない。


「接近戦で猫に勝てるわけないニャ」


 猫の動体視力は人間の四倍ほどと言われている。なかなかに数値として比較することは難しいステータスではあるが、尋常な人間であればこれに敵うはずなどないのだ。


 メイが接近戦にてこれと互角に戦えているのは(ひとえ)に彼女の経験値の賜物と言えよう。


 ではなぜ彼女は敢えて接近戦を選んだのか。一つはそうしなければ彼女の刃がフェリアに届かないという事であるが、しかし実を言えば遠距離ではそれ以上に不利であることを彼女は悟っていたのだ。


 フェリアの前脚の攻撃を剣で受けてメイは大きく後退した。


 その瞬間フェリアがまたも大きく口を開く。またも電撃か、と左に跳躍したが、しかし何も起きず、ほんの数瞬遅れてフェリアが咆哮した。


 轟音が響く。


「アガッ!!」


 直撃は避けた。しかしその電撃から十分な距離を取れなかったメイは体が麻痺してしまってビクビクと痙攣しながら地面に倒れ伏したのだ。


「フフフ、知性のない化け物とは一緒にしないでほしいニャ」


 牙をむき出しにしながらフェリアがメイに近づく。フェイントをかけられたのだ。


 遅かれ早かれこうなることは分かっていた。フェリアの視線と咆哮を頼りに電撃を躱していたメイ。しかしほんの少し相手にそれを学習されれば遠からずこうなることは明らかであった。もはや絶体絶命の危機である。


「そこまでよ!!」


 その時、少女の声が響いた。

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