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真の姿

「美少年じゃん」

「めっちゃ美少年じゃん」


 メイとキリエが驚愕の表情を見せる。


 いかなる理由でガリメラが地球に次元移動し、そして姿を変えていたのかは分からないし、そこを実際、(つまび)らかにする意味はさほどないだろう。


 しかし単眼に乱杭歯、言葉を喋ることができず呻き声をあげ、屍肉をむさぼるだけだったバスケットボール大の化け物でしかなかったガリメラの本来の姿というのが美少年だった。これが事実なのだ。


 母親のベルメスの青黒い肌とは違い、まるで北欧の伝承に出てくるエルフのような美しい姿。


「私、こんなのと一緒に二十年も暮らしてたの……?」


 なんだかとてももったいない。


「ギ……」

「ぎ?」


 ガリメラが口を開ける。少女のような美しい顔に似つかわしくない、肉食動物のような鋭い歯が見えた。


「ギェェェェェ……」

「!?」


 一同に緊張が走る。


 奇声を上げながら伸びを一つすると、ガリメラは足元に転がっていた山田アキラの死体を抱き上げ、首筋にかぶりつき、その喉笛を食い破り、屍肉を咀嚼し始めた。


「外見は変わったけど行動は変わってないわね……」

「まあ、そりゃそうか」


 道理である。


 しかしそれと同時に腰を抜かしていたベルメスが立ち上がり、高笑いを始めた。


「ふはははは! ようやく、ようやくガリメッラが妾の元に戻ってきおったぞ!! 百年ぶりの再会じゃ!!」


「百年ぶり? 二十年じゃなくて?」


「あっちとこっちで時間の流れ方が違うんじゃない? もしくは一年がものすごく短いか」


 メイとキリエは小声で雑談する。ガリメラは相変わらず夢中で食事をしている。あまり変化はないのだが、しかしなんとなくベルメスの態度は大きく変わったように感じられる。


「ガリメッラさえいればお前らなど怖くもなんともないわ!! ゆけ、ガリメッラ! ペトロブレスでそやつらを調度品に変えてしまえ!!」


「はぁ?」


 まさかの裏切りである。先ほどの敗北宣言など所詮「手札が足りなかった」からに過ぎない。手札が揃った今、魔族よりも劣った種であるはずの人間共に媚びへつらう必要などない。


 元々将来の魔王となるため幼い頃より帝王学を叩き込まれて育ってきた魔王ベルメス。人に謝ったことなどなかった異世界の王が謝罪を強要されるなどという屈辱に甘んじるはずもなし。


「やってしまえ! ガリメッラ!!」


「…………」


 しかし答えは沈黙。


 無言で咀嚼を続けるガリメラ。


「ガ……ガリメッラ? 聞こえてる?」


 けふ、と小さくげっぷをして、ガリメラはごしごしと腕で口周りの血を拭った。その時ようやく母の呼ぶ声に気付いたようであった。


「ガリメッラ? そいつらを、ね? ほら、ペトロブレスってあったじゃん。あれでさ?」


 しかし聞こえているのかいないのか。言葉が通じているのかいないのか。なんとも心もとない様子であったが、ふらりと立ち上がった。


 いかにも気怠げなその様子はガリメラの美しい容姿を一層引き立てている。


「ぅぅ……」


 そのままガリメラはふらふらとメイの方に歩み寄ると、体重を預ける様にぎゅっと抱き着いた。


「あらあら」

「まあまあ」


 メイとキリエは暢気なものである。無論この状態から攻撃を受けたりしたら一網打尽なのではあるが、ガリメラの態度からそれは無さそうだと考えている。


「ガ、ガリメッラ? なんで……」


「そりゃあね。もう二十年以上も面倒見てあげてたんだし、百年も顔合わせてない母親の方よりも情が湧くのも道理ってもんでしょ」


 実際に、不気味な外見と鳴き声、それに屍食性という諸々の忌諱する点が多かったにもかかわらず、文句ひとつ言わずに面倒を見続けてきたのがメイなのだ。その繋がりは、親子とまでは言わないものの、ペットと主人くらいの信頼関係はあるだろう。


 それはともかく。


「それはともかくとしてさあ……」


 メイが口を開くとベルメスの顔色が一層蒼白になった。


「ここまで来ていきなり裏切る? 普通」

「いや……その……」


 スケベ心が出てしまったのである。


「本当に、息子と生き別れになったのが辛くって……今回そっち側と世界が繋がったんで、ようやく……」


 弁明を始めるものの、視線が痛い。というか裏切りに至ったことへの言い訳にすらなっていない。そこにはベルメスも当然気付いている。


 悪いことをしたと思ったなら、どうすればよいのか。


「ごめんなさい」


 腰を折って、深く頭を下げる。メイは呆れ顔ながらも、もはや追及する気はないようである。


「ねえ、あんた達のコントはこの際どうでもいいのよ」


 話を進めたのはキリエである。


「そんなのよりも私のユキくんを返して欲しいんだけど? あんただって愛する息子と離れ離れになる苦しさは分かってるんでしょう?」


 そう。話はまだ何も解決していないのだ。このダンジョンに入り込んだ最大の目的が今だ達成できていないのである。


 ガリメラは相変わらずメイの陰に隠れてじっと母の姿を見ている。


 逆にベルメスは気まずそうに目を逸らした。口では「親子の再会」を喜ぶような事を言いながらも、一方では有村親子の仲を引き裂いた元凶となっている自分の姿がある。随分と自分勝手なことをしているという自覚はあるのだろう。


「その……ユキくんについてなんですが……」


 目を逸らしたままベルメスはちらりと後ろの方に顔を向けた。


 前述のように、四階建ての建物ほどの大きさのあるこの巨大な卵型の空間には中央に一本の太い柱が下から上に通っていた。


 その柱の一番下は()の様に膨らんでいる。魔王ベルメスはそれを指差していた。


「ユキくんは、まあ……そこにいるんですが……なんというか、そのぅ……」


 なんとも歯切れの悪い言葉である。だがなんとなくメイには事情が察せられた。


 要は「取り返しのつかないこと」になっているのだろう。


 元々人間達と和解するなどという選択肢は持っていなかったのだ。異世界と地球との『ゲート』を固定するために何らかの不可逆的な措置を取っている可能性については想像に難くない。


「と……とりあえず見て貰えますかね……? もしかしたら、なんかいいアイデアが湧くかもしれないんで」


 このベルメスの言葉にようやくキリエも何事かを察したようで、不安そうな表情になった。


 ベルメスに率いられて二人が『瘤』の方に歩み寄っていく。


「ゆ……ユキくん?」


 二人が見た物、それは『瘤』の中に一体化するように取り込まれ、昏睡しているユキの姿であった。

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