ツープラトン
「ずうっとね……」
メイは悲しげな表情を見せた。
「一人じゃなくて、二人で戦ってたのよ。私はね」
「メ……イ……」
銃弾を二発撃ちこまれても、アキラにはまだ意識があった。最後の力を振り絞って、霧になって逃げようとするのだが、メイは再度引き金を引く。二度、三度と、さらに続け、6発の弾丸を全てアキラの身体に打ち込む。
霧状になっている体にも、魔力の込められた弾丸は食い込み、突き破り、ダメージを与えていく。
「あんたに勝ち目なんかなかったのよ。最初からね」
ぐらりと揺れ、スローモーションのように穴だらけになったアキラの身体が吊り橋から落下していき、鈍い音をたてて床に着地した。
「ありがとう、スケロク。あなたの汚い弾丸、たしかに使わせてもらったわよ」
ゆっくりと硝煙の香りを嗅いでから、拳銃を手放す。拳銃は、アキラの身体の上で、小さな音を立てて跳ねた。
「くそっ、口ばっかりじゃねえか、あの男!」
メイが焦点の合わないような目つきで真下の死体をなんとなしに眺めていると、カルナ=カルアの声が横から聞こえてきた。
「ふぅ……」
感情の読めないため息をメイが吐く。
「ため息ついてんじゃねー! せめてこっち見ろ!!」
「……今ね、私めちゃくちゃ機嫌が悪いのよ」
相変わらずのポーカーフェイス。知り合ってまだ数時間のカルナ=カルアには当然彼女の表情は読めない。
「こっちを見ろってんだろうが! こいつがどうなってもいいのか!」
眼鏡の向こうの瞳からその感情を推し量ることは出来ないが、ようやくメイはカルナ=カルアの方に顔を向けた。
「め……メイ、ごめん……」
吊り橋の中央側の根元にいたのはカルナ=カルアに後ろ手に拘束されている、半笑いのキリエ。どうやら思った通り魔族に捕まっていたようである。その隣にはDT騎士団の網場もいる。
「ふははは! 葛葉メイ、貴様の強さはよく分かった。しかし人質がいるこの状況でも同じように振舞えるかな!?」
網場が吊り橋の上に歩みを進めながら高笑いをする。夜王ほどではないものの、この男も体格が立派なので吊り橋の上に立つとほとんど後ろの二人が見えなくなる。が、どうやらキリエとカルナ=カルアもその後をついてきているようである。
「……何とか言えこらぁ!!」
顔をこちらに向けているものの、それだけであり、何の反応も示さないメイに網場は早くもキレているようである。
「あのさぁ」
小さい声でキリエが呟いた。
「あんた達は分かんないかもしれないけど、今のメイ、マジでキレてるわよ」
「え?」
カルナ=カルアの額に冷や汗が垂れる。
「キレてる……って?」
「殺されるわよ」
「殺……」
ぞくりと背筋に悪寒が走り、網場の体の陰から向こうを覗く。相変わらず静かな立ち姿のメイであるが、そう言われてみてみると、えも言われぬ恐怖を感じる。
元々殺し合いをしていたのだし、殺すつもりでキリエを人質にとってここへ来たのだ。当然網場もカルナ=カルアも殺し、殺される覚悟が出来ている筈であったのだが。
しかしそのメイの立ち姿から彼が恐怖感を拭い去ることは出来なかった。
「はっはあ! 人質を取られては何も出来まい! 貴様はこの天才網場様が殺してやる!」
「あ、あの……網場さん?」
一度恐怖感に支配されてしまえば途端に心が萎えていく。
「貴様のようなババアがそもそもこの網場様に敵うわけがねえんだ!」
「あのですね、網場さん? よくよく考えたらですね、あんたんとこの夜王も戻ってこないし、ボス格のアキラも死んだわけじゃないですか?」
この時カルナ=カルアは夜王が倒されたことは知らないが、彼の言う通りDT騎士団は実質的に壊滅した状態である。幹部の生き残りは網場と裏切ったジャキのみ。アキラもいない。しかもサザンクロスにはガサ入れが入っている。
「少しでもヘンなマネをしてみろ! キリエの命はないぞ!」
「じゃあもうこの戦い終わりでよくないスかね? その挑発必要あります?」
ぶっちゃけ戦う理由などもうないのだ。DT騎士団はすでに死に体。魔族側も壊滅状態な上に、そもそもメイ達と何か因果があるわけでもない。上司である魔王ベルメスの了承を得ずにそんな事をするのは少し問題があるが、カルナ=カルアとしてはもうこんなところでおひらき、といきたいのだ。
「ふははは! むっつりの夜王や生意気なジャキの奴にいいように利用されるのは終わりだ。俺様の時代が来たぜ!!」
冗談じゃない。
こっちは丸く収めたいというのに。
そんなもののために巻き込まれて殺されたんじゃたまらない、というのがカルナ=カルアの正直な気持ちである。もういっその事キリエを解放して一人だけ逃げようか、と思った時であった。何の前触れもなくメイがその場で高く跳躍した。
「う、動くなって言って……」
一瞬の判断ミスが命取りになる。すぐにメイは元の場所に着地する。しかしその衝撃たるや凄まじいもので、有機物で出来ている吊り橋はトランポリンのように跳ね、全員が空中に弾き出された。
「キリエ! いくわよ!!」
「応ッ!!」
空中で姿勢の制御すらままならない網場とカルナ=カルア。しかしこういった戦いに慣れているのか、メイは網場を、キリエはカルナ=カルアを、それぞれ空中で拘束する。
メイは網場の肩を逆さに組み合わせ、上半身を折り曲げる様に彼の両膝裏を掴む。魔法少女に伝わる四十八の殺人技の一つ、マジカルバスターの体勢に入った。
キリエの方はカルナ=カルアの体をさかさまにして両足首をホールドし、相手の脇の下に自分の両足を固定して頭から相手を地面に落とす変形パイルドライバーの姿勢を取る。
さらにキリエの上に肩車するようにメイがドッキングした。伝説的な魔法少女コンビ、メイとキリエによる最大必殺のツープラトン攻撃。凄まじい轟音と骨の砕ける音を響かせて一塊になった悪をくじく(一部巻き込まれ)正義の魂が炸裂したのだ。
「「マジカルドッキング!!」」
もはやうめき声を上げることもなく、人形のように崩れ落ちる二人。
一方のメイとキリエは、最後の戦いを目前にし、全盛期の鋭さを取り戻しているようだった。
「ユキくんを、返してもらうわよ」
マッスルドッキング