騙し合い
「コウジさんはね、私を助けてくれたのよ」
通常の無手での白兵戦は彼女は左手が前のオーソドックススタイルに構えているが、棍を両手に持った彼女は右を前に構える。
会話を交わしながらもギリギリの間合いから棍の先で寸分のズレもなく急所を攻撃。
「ふん」
しかし当然ながら山田アキラには届かない。直前で霧に変化して、暫くするとまたつり橋の上に戻る。
「笑わせる。お前みたいな血にまみれた女が今更一般人と付き合えるとでも思っているのか?」
「あの人がいれば、私はギリギリのところで踏みとどまれる。『人』でいられる」
今度は突きではなく振り回し、棍を叩きつける。当然ながらこれもアキラは霧となって躱す。
しかし先ほどと違うのは霧が集まってくるところに合わせてメイは後ろ回し蹴りを放ったところだ。一度散ってきりになった物が集まってくるような場所にケリを放ったのである。
だが結果としてはその集まりかけた霧がまた霧散し、結局別の場所で再びアキラの形をとった。メイは棍を使って器用にバランスを取り、危なげなくつり橋の上で体勢を立て直す。
彼女がこの武器を意図して選んだのかどうかは分からないが、バランスを取らなければならない場所でこれほどうってつけの武器はない。サーカスの綱渡りのバランス棒と同じ効果を持っているのだ。
「人でいられるだと? 笑わせる。お前はもう化け物だよ。こっち側の人間だ!」
「黙れ!」
メイは矢継早に攻撃を仕掛ける。しかしその行為にいったい何の意味があろうか。
「今更一般人に戻れると思うのか? ふとした時に思い知るだけだ! 自分は所詮闇の中でしか生きられない人間だとな!」
「『ふとした時』ってどんなときよ! はっきり言え!!」
メイの連続攻撃は休むことなく続けられる。
しかしその攻撃ははっきり言ってかすりもしないのだ。霧から人になり、また人から霧になる。その繰り返しである。
「どうした? このまま続けてもきりがないぞ? いつまでもこんな戦いができると思うんだ?」
実際アキラの言う通りではある。メイの方は休みなく続ける攻撃にスタミナを奪われているのだが、アキラの方には全く疲れの色は見えない。ただただ、攻撃されれば霧になり、そしてまた霧から人に戻るだけである。
ただ、アキラ自身は攻撃をしてこない。有効な攻撃の手段がないのか。しかしそれでもこの状況はメイが圧倒的に不利なのだ。
「クッ……」
攻撃の後、メイはバランスを崩しそうになって棍の位置を調整した。
疲労が溜まれば当然ながらバランスを保つのも難しくなる。この戦いの場では、メイだけが転落死の可能性があるのだ。
「そろそろ限界か?」
一方のアキラは全く体力を消費していないし、たとえ落下しようとも霧になれば転落死することはない。
「黙れッ!!」
再び攻撃に入るメイ。だがやはり霧になって逃げるアキラ。
いったい何が彼女にそうさせるのか。何の策もなく闇雲に攻撃を繰り返しているというのか。
メイは非時は大きく息を吐き出し、そして思い切り吸い込む。
「観念したか? 今からでも遅くない。俺の女になれ。あの医者、あれは所詮お前とは違う世界の住人だ」
「黙れ。何が世紀末覇者だ。この性器粗末覇者が」
「なに?」
「私が何の策もなく闇雲に攻撃を仕掛けてるとでも思ったの? ホントおめでたい奴ね」
呼吸を落ち着けてゆっくりと正眼に構える。
「ふん、強がりだけは一人前だな」
「試してみる?」
神速の突き。
予備動作もフォロースルーも常人にはほとんど目視できない速度。しかしそれでもアキラは霧になって回避した。面と向かって立っているのならば、達人と素人ほどの実力差があってもそうそう攻撃がクリーンヒットすることはないのだ。
「フッ」
メイはそれでも攻撃の手絵を緩めない。吊り橋の上で重力に影響される実態に戻ることのできる場所は限られている。少しでも霧が濃くなったところに即座に攻撃を仕掛ける。霧散し、再び逃げられるが、それでもさらに休むことなく攻撃を続ける。
アキラは実体化することが出来ず、霧のまま逃げ続ける。メイはそれを追い続ける。走って、追いながらの無呼吸での連続攻撃。メイも相当に苦しいはずであるが。
「あんたの弱点はね、そう長い時間霧化できないことが一つ。せいぜいが1分か2分、呼吸を止めてられる程度の時間!」
とうとう我慢できなくなったのか、アキラが吊り橋の上にその姿を現した。
そしてそれと同時に、メイの棍が全力の突きをもってアキラの胸を射抜く。
「グッ……」
樫の木で作られた棍が、まるで鋭利な槍のようにアキラの胸を貫いていた。
「もう一つは、部分的な霧化が出来ないこと。息切れを起こして霧化を解いたところになら、攻撃が通る」
ぎりぎりの戦いではあった。最後の口上を垂れながらも、メイは荒い息を吐き出す。
「こ……こんな、バカな」
自身の胸を貫く棍をアキラが右手で力なく掴む。その表情は驚愕に歪んでいる。
「なぁ~んて言うと思ったか?」
しかし次の瞬間狂気を孕んだ笑みに変わり、左手でメイの衣服を掴んだ。
「俺の霧化に時間制限なんてねえし、部分だけの霧化もできるんだよ! 間抜けめ!!」
「なっ!?」
よくよく見れば棍の刺さったところから霧が漏れ出ていた。今度は逆にメイの表情が驚愕に歪む。
「気づかなかったのか? お前を油断させるために部分霧化も、長時間の霧化もあえてしなかったんだよ! 得物を持ってるお前と正面から戦えば射程範囲外から一方的にボコられるだけだからな」
いつの間にか右手も棍から手を放し、メイの腕を力強く掴んでいる。
この時を待っていたのだ。メイが超至近距離で動きを止め、しっかりと掴めるこの状況を。
もとより戦闘能力で遥かに格下のアキラがこの場でメイを倒すには「転落死」を他に置いてない。落下の最中に霧化すれば自分だけは助かる。それを確実に実行するためにメイを油断させる必要があったのである。
だから自分の能力に一定の制限がある様に見せかけたのだ。
「さあ、天国に連れてってやるよ!」
「ま、待って!! 落下するつもり!?」
両手でしっかりとメイを掴んだまま、重心を吊り橋の外にやる。如何にメイの膂力が常人から並外れて強くとも、この状態で大人二人を支えられるものではない。
「なぁんて言うとでも思ったかしら?」
「!?」
またも二人の表情が反転する。次の瞬間、アキラの眉間にはどこから出したのか、リボルバー式の拳銃の銃口が当てられていた。
「射撃には自信がなかったからね。至近距離であんたが余裕ぶっこいて動き止めるのを待ってたのよ」
「その銃は! まさか!!」
アキラの言葉とほぼ同時だったように思われる。二発の銃声がダンジョン内に響いた。
「……私はずっと二人で戦ってたのよ。負けるはずがなかったの。最初からね」
スケロクから託された銃であった。