黒猫のフェリア
キリエ達三人の前に現れた黒猫。
名を、フェリアという。
一見何の変哲もない普通の黒猫にしか見えないが、確かに人間の言葉をしゃべっていた。スケロクは「また変なのが現れた」と頭を抱えている。
「フェリア、おうちにいたんじゃ……」
「ボクがどういう存在か忘れたかニャ? 悪の気配を感じ取って急いできたニャ」
有村キリエ……旧姓、井田。実を言うと彼女は二十年前、葛葉メイとともに魔法少女として悪と戦っていた人物である。
そして、その時メイとキリエをサポートしていたマスコットが、それぞれガリメラと、このフェリアなのだ。
当然ながら、マスコットも生き物である。
キリエが魔法少女を引退してからも、フェリアは生き続けており、彼女に普通の猫として飼われていたのだ。
「ギ、ギェ……」
フェリエの出現に反応してうつらうつらとしていたガリメラがピョンピョンと跳びはねてフェリアに近づく。このモンスターもかつての仲間の事を覚えているのかもしれない。
「うっ、ガリメラも元気そうニャ。現役時代から食われそうで怖くてあんまり近づかニャかったけど」
「大丈夫よ、今はお腹いっぱいだと思うから」
つい先ほど一匹マスコットを食したところである。
「とにかく、こっちだニャ」
――――――――――――――――
「あ、メイ先生! ……と」
後ろからメイ達が声をかけるとチカが一瞬明るい表情を見せて返事をした、が……
「スケロクさんも来たんですね、それと、さっきのお母さんも、と、ガリメラに……猫?」
唐突に登場人物が増えすぎて少し混乱しているようである。
「メイ先生、良かったんですか? その女性も連れてきて……あと、その猫は?」
アスカの質問にメイはちらりとキリエ達を見てから手短に答える。
「キリエは元魔法少女よ。猫はそのマスコットだったフェリア。いっその事だからどっかに消えたサルの代わりに役立ってもらいましょう」
メイのマスコットの胃袋の中に消えたのだが、どうやら彼女に罪悪感は無さそうだ。
「よろしくニャ、ルーキー」
アスカ達三人はまだ状況が呑み込めないのか、戸惑っている様子である。しかしメイの方はそんな彼女たちの態度には頓着することなく、その先を見る。
「あの悪魔、学校に逃げ込んだの?」
彼女たちの視線の先にあったもの、聖一色中学校。夜の校舎には当然ながら人はいない。数カ所の街灯に照らされているのみで、後者の中は真っ暗。非常口の緑色の光によってうすぼんやりと中は照らされていることだろう。
「それよりあなたたち、少し妙だと思わない?」
メイに話しかけられて、ハッ、とアスカ達は意識を取り戻すように我に返った。
「今回の奴の目的は破壊工作でも人間の捕食でもないみたいね。わざわざ男の子……ユキ君だっけ? を、人質にとって私達をおびき寄せるような真似をした」
メイは話を進めるのだがアスカ達にはそれが何を意味するのかは分からない。ただ「いつもとは違う」という事だけは分かるのだが。
「フェリアとも道すがら話してたんだけどね、襲われたのが一般市民でなくて『元魔法少女』と『その息子』ならその理由もなんとなく分かってくるわ」
「どういうことですか? 魔法少女だと何か特別なんですか?」
「実感はないかもしれないけど、魔法少女になれる人間っていうのは一握りの才能ある人間だニャ。それだけの才能を持つ人間を味方に引き入れて戦力の増強を図るつもりだニャ」
「ちょ、ちょっと待ってください……」
アスカはフェリアの言葉に少し考え込む。
それはつまり……元魔法少女だったキリエはまだいい。元々魔法少女だったのだから。問題はその息子……息子である。息子が、魔法少女の才能がある……そう読み取れる言葉であった。
「魔法少女って、男の子でも……?」
当然湧き上がる疑問。
「中世の魔女狩りでは男性の被害者も大勢いたニャ。別に不思議な事じゃないニャ。
同じように魔法少女は『少女』である必要はないニャ」
アスカはちらりとメイの方を見る。
なるほど。
言われてみれば「少女」じゃない「魔法少女」が目の前にいたのだ。
「ねえ、そんな事より、早く助けに行かないと!!」
キリエが叫ぶように言う。お前がくだらない話をしていたのでメイとスケロクは遅れたのだが。
しかしメイは校舎の方を見て少し考え込む。
狼女の狙いはまず間違いなくキリエ。で、あるならば学校に逃げ込んだ理由も分かろうというもの。つまりは遮蔽物が多く、月明かりも射さない校舎の中ならば多勢に無勢でも戦えるし、隙を狙ってキリエを捉えることもできると踏んでの作戦なのだ。
「とりあえず、行くわよ。スケロクは私と一緒にキリエの護衛。子供達を行かせるのは忍びないけど、白石さん達はフェリアと一緒に先行してくれる?」
「わ……分かりました」
三人は戸惑いながらも返事をする。特に青木チカは震えてさえいた。
「あんたは役に立たないから私とアスカの後からついてきな。足引っ張らないでよ」
そんなチカを気遣ってなのか、それともただ嫌味を言っただけなのかマリエが冷たい目つきでそう言い放った。一方アスカはフェリアと一緒に校内へ進もうとしたが、それをメイが止める。
「待って、あなた達の能力を教えて。戦略の組み立てができるかもしれないわ」
彼女が尋ねるとマリエがまず一番に答える。
「私は炎の魔法が使えるわ。距離が離れるとどんどん威力が落ちていくけど、一応は中間距離での援護がメインよ」
「私は……このステッキでの近接戦闘と、これで魔法陣を描くことで設置型の罠を置けます。罠は基本的に踏むと発動します。自分の意志で発動させることもできますが、かなり近づかないと発動できないので……」
はっきりと言ってアスカの能力は使い勝手が悪い。敵をおびき寄せて罠に嵌める魔法なのだ。魔法少女は特性上「敵を追う」シチュエーションがほとんどであり、よほど工夫しないとこの能力は使いこなせない。
メイは次に、三つ編みの少女、青木チカの方に視線をやった。チカは責められたわけでもないのにビクリと震える。
「私は、その……戦闘で使える能力はほとんどなくって……その、回復魔法が……」
見かけ通りなんとも臆病な少女である。能力が戦闘向きでないのもなんとなく彼女の性格と一致する。
「で、でも! 私も戦えます! アスカさんとマリエさんみたいに身体能力は上がってますし!!」
「たかが知れてるでしょうが。足引っ張るくらいなら後ろに引っ込んでなさいよ」
マリエは心底嫌そうな表情でそう言った。やはり先ほどの悪態は彼女を気遣ってではなく、疎んでのものなのかもしれない。
「ふぅん、なるほどね……」
メイは自身の体を抱き込むように腕を組んで、眼鏡のブリッジをくい、と上げる。
「ちなみに、その能力は敵に知られているの?」
「……た、多分。全部、知られてます」
チカが申し訳なさそうに答える。
敵に能力を知られている、という事はそれだけで戦力の開示、大変な不利になることを彼女も理解しているのだ。
実際、今回狼女のみかけの能力、高い身体能力以外に「影の中を移動できる」という未知の能力があったために後れを取ってユキを攫われてしまった。
だがメイはニヤリと笑みを返す。
「謝ることはないわ。それならそれで戦いようはある」