だいすき
「くうっ……」
スケロクはズボンのベルトを外し、それにTシャツを巻き付けてから、腹部の傷に当ててきつく締め付けた。しかし彼の足元は既に血だまりが出来ている。
「どうやらここまでのようだなあ、公安のスケロク様よぉ」
ニヤニヤと笑いながらDT騎士団の一人がそう言った。
しかし実際その通りなのだ。最早スケロクにはそれに反論する軽口を叩く余裕すらないのが現実。
元々網場との戦いにより体調不良の状態で、メイに『銃弾』を渡すために産卵をして体力を大幅に消耗した。それこそベッドから立ち上がれないほどにだ。
しかしその状態をおしてでも戦いの場に出なければならなかった。
結果としてそれは大成功だったのだ。アスカを保護し、ユリアと合流することが出来、さらにサザンクロスでは新たな悲劇、魔法少女が大量発生する事態を回避することが出来た。さらにここへきてキリエ、メイと連携して彼女達のサポートが出来たのだ。これは、大成功である。
ただ一つ、スケロクの安全という観点を除けばの話ではあるが。
ここまで危ない橋は何度も渡ってきた。メイと再会する前にも、ずっと闇夜に蠢く化け物達と対峙してきたのだ。しかしそれでも、これほどの危機は無かったように感じられた。
(ここまでなのか……)
さすがに口には出さない。相手に弱みを見せれば勢いづかせることになる。
今は、せめて一分一秒でも時間稼ぎしてメイの到着を待ちたい。彼女ならば、必ずここまでたどり着くはずだから。せめてそれまでもたせたい。最早全ての敵を倒すことは不可能。
だが当然ながらDT騎士団の連中は休ませてはくれない。視界の端に大きく足を振り上げて遠間から蹴りを放ってきたのが見えた。
「くそっ」
悪態を吐きながら蹴りを捌く。そのまま反撃にうつろうとしたが、間合いが遠かった。最早敵にも危険を冒してまで本気で攻め込もうという気がないのだ。
そんなことしなくても、早晩この男は倒れると。医学に詳しくないものでもこの出血量では長くはもたないという事はよく分かる。あとはゆるゆるといたぶりながら、倒れるのを待てばいいのだ。怪我をするリスクを冒してまで無理に攻める必要はない。
一方のスケロクは最早意識が朦朧としてきた。いよいよ自分の死の足音が近づいてきたのだと自覚する。
人は死を目前にすると過去の記憶が走馬灯のようによぎるという。それはまさに自分の記憶の引き出しの中に何か生き残るためのヒントが無いかと本能が捜している行為に他ならないのであるが。
しかし死を前にして彼の脳裏に浮かんだのは走馬灯などではなかった。
「必ず帰るって約束したのによ……」
思い浮かんだのは彼の愛しい人。結局、ほんの少し言葉を交わしただけに終わった、彼の生涯ただ一人の女性、ユリア。
「情けねえ……」
茶々を入れるように、DT騎士団の男から攻撃を仕掛けられる。スケロクはそのミドルキックを捌いて、疲弊した心と体に鞭打ちながら敵の顔面に蹴りを叩き込む。どうやらゆっくりとモノローグにも浸らせてくれないようだ。
もはや生存のための方策を練るよりも、自分の過去の想いを確かめ、それに浸ることを脳が選んでいるようだった。あまりにも、戦士としては情けない。
だが本当にそうだろうか。その思いは、ただアルバムをめくるように感傷に浸って記憶のページを眺めているだけだったのか。
違う。
なぜなら彼女への想いはスケロクにとって自分の生そのものであり、戦う力の原動力だったのだから。決してただのセンチメンタリズムなどではないのだ。
事実、彼は一つの出来事を思い出していた。
「そう言えば……」
ユリアと別れる際に、一つだけ言われたことを思い出した。彼女に託された想いを受け取ったことを思い出したのだ。
『何か困ったことがあったら、これを見てユリアを思い出してください』
そう言って託されたものがあったことを思い出したのだ。丁度敵は様子見か、遠巻きにこちらの様子を見ている状態である。スケロクはズボンの尻ポケットに手を突っ込み、件の物を取り出した。
それは、綺麗に折りたたまれた一枚のハンカチであった。
特に何か小物が包まれているわけでもない。受け取った時にそれには気づいていた。しかしこのハンカチにいったい何があると言うのか。
DT騎士団の連中もスケロクが今までと違う動きを見せたので何事かと様子を見ている。
広げてみると、それにはマジックでメッセージが書かれていた。
― だいすき! がんばって!! ―




