多勢に無勢
まさに「満身創痍」の状態ではあった。
「ハァ、ハァ……」
荒い息を吐き出しながらも、スケロクは構えを解かない。左前のオーソドックススタイルの半身に構え、左手は胸の高さに上げて軽く握る。引いた右手には拳銃。マガジンはまだ丸々一本残っているが、現在のマガジンの装弾数は1、斃した敵の数は十と少しといったところ。夜王の剛掌波に巻き込まれて倒れた敵の数と合わせても二十には満たない。
まだ敵の数は五十近くいる。
圧倒的に不利な状態である。
少し前にサザンクロスで戦った時のようにはいかない。あそこではまだ市民の目はあった。しかしここにいるのはDT騎士団と、魔族の配下のモンスターのみ。向こうもいかんなく全力を発揮できる。
「ローズウィップ!!」
「!?」
DTKの男がそう叫ぶとスケロクの周囲を囲むように渦巻き状にひものようなものが地面から浮き出て、いばらの鞭が襲い掛かる。
「クソッ!」
まさしくバラの鞭。そこから生えているトゲは人を殺すには心許ないサイズではあるものの、傷つけるには充分。
「俺の鞭が躱せるか!?」
見れば鞭と男の右手は一体化している。DTKの男どもはここにいる全員が「魔法使い」なのだ。それぞれがオリジナルの魔法を使ってくる。
必死に逃げ回るスケロク、そしてまるで意思を持った蛇のように鞭が襲い掛かる。時折はじけるような音を響かせながら。
「あぶねえ!」
「気を付けろ!」
周りの仲間も巻き込みながらではあるが、とても視認できる速度ではない。スケロクは目で追いきれないながらもそれを躱し続ける。
武器の使用は人間の攻撃速度を大幅に押し上げる。同じ腕の振りでも武器によって半径が二倍になればその速度は単純に倍になるのだ。
さらに鞭は先端に行くにつれて太さが細くなる構造をしており、手元の回転や運動が先端に伝わるにつれて質量が軽くなり、加速されていくのだ。そして最後に、先端部分が返る様に跳ねる瞬間、その速度は音速を越える。先ほどから聞こえる乾いた音はそれである。
「くそっ! なんで当たらねえ!!」
そう、当たらないのだ。
いくら鞭の速度を上げようとも、スケロクはギリギリのところで躱し、むしろ外したそれをうまく誘導して同士討ちさせている始末。
「ローズウィップ!!」
「二本に増やそうが同じことさ」
敵は左腕も鞭に変えて密度を倍にしたのだが、それでもやはり当たらないのだ。
「なんでだ!? 音速越えてんだぞ!!」
次第にイラつき始める男。冷静さを欠いたのか、とうとう左右の鞭が絡まってしまった。その瞬間スケロクは一気に間合いを詰める。
「やれやれ、もう少しこの安全圏で休みたかったのにな」
攻撃を捌く腕も使えない状態。スケロクは男の人中(鼻の下の急所)に肘鉄を打ち込み、命を刈り取った。
「テレフォンパンチなんだよ」
戦っているうちにスケロクは気づいたのだが、鞭の先端の方には筋肉は無く、それこそ本物の鞭のように腕の振りだけで鞭を操作していたのだ。ならば腕の振り方から鞭がどう動くかが全て予想できていたのである。それこそ今からどこに攻撃するのか事前に電話で連絡するかのように。
しかしこの一連のやり取りで困ったのはスケロクの方である。せっかく運よく「休める」相手が出てきたのに勝手に自滅してしまったのだ。
間を置かず、両肘の部分に鋭い刃のついた男が襲い掛かってくる。それをいなして避けると、どこかから火の玉が。当然ながら休ませないつもりだ。
(この奥にユキがいる……ということは、だ)
引き金を引き、銃弾を打ち出す。
これだけの人口密集地帯ならば、流石にクソエイムのスケロクでも的を外すことはない。誰かに当たり、少なくとも一人の命は奪った。
それと同時にマガジンを吐き出し、新たな弾丸を装填する。装弾数は7、無駄遣いは出来ないが、少しでも楽に数を減らしたい。
(粘り続けていればいずれメイもここにたどり着く。必ずだ)
「オオオオッ!!」
いびつな欄杭の牙を覗かせて、巨大な体躯のオーガが棍棒で殴りつけてくる。スケロクはそれを跳躍して躱し、体を上下反転させオーガの首筋に足を巻き付け、フランケンシュタイナー式に引き倒す。
(それまで持ちこたえれば、二人なら倒せる。いや……)
オーガが起き上がる前に銃弾を脳に叩き込む。
(あいつが来るまでに少しでも数を減らせれば、それだけメイの負担を軽くできる)
実を言えばスケロクの体調は万全ではない。そんな中で気力だけで戦い続けるのは限度がある。だがそれでも、少しでも時間稼ぎを。少しでも多く敵を倒す。
敵の攻撃を躱しつつ、的確に銃弾を撃ち込んでいく。全ての敵が初見で、未知の攻撃を行う難敵。こんな不利な状況を少しでも減らした状態でメイに渡したい。
一人一人が魔法を使えるため、同士討ちを恐れて一気に数で圧し潰してこないのがせめてもの救いであった。むしろ能力を使わずに一気に圧し潰された方がスケロクには戦いづらかったことだろう。
敵の攻撃を躱し続け、銃弾を撃ち込み、力の限り拳を叩きつける。
酸素が足りない。腕に力も入らない。それでも体は動かし続ける。動かなければ死ぬから、動かして殺し続ける。
その時だった。
決して気を抜いていたわけではない。むしろ周囲の空気と一体化せんというほどに己の気持ちを最高に研ぎ澄まし、集中していた。しかしもはや体が限界だったのだろうか、心に体が追い付かなかったのか。
何者かの掌が、スケロクの腹をかすめた。
「くらったな、俺のダークハンド」
勝利の笑みを見せた男の顔の中心にすかさず反撃の銃弾を叩き込む。それが最後の一発であった。
「クッ……」
自分の腹の一部が欠けているのが見えた。
猛反撃によって殺害したが、今の男の能力は自分の手が触れた物を消滅させる能力だったのか。腹筋と皮膚がえぐり取られ内臓が飛び出ているのが見えた。出血の量も尋常ではない。
「てこずらせやがって……」
「その出血じゃもう助からねえぜ」
予想外の粘りを見せていたスケロクに対し焦りの表情を浮かべていたDT騎士団の連中に、ようやく安堵のため息が漏れた。
「く、くそ……」
一方のスケロクはもはや荒い呼吸すらできない。ひたすらに小さく浅い呼吸を繰り返すのみ。