さらに奥へ
「おうおう、雁首揃えてヒマな奴らだな。もうユキは見つかったのか?」
スケロク達がガーゴイルを倒した先の玄室は巨大な広間となっていた。そこには数十人のDT騎士団のホスト達と、その奥には夜王が仁王立ちして待ち構えている。さらには見たこともない異形の化け物達。
DT騎士団と魔族の連合軍が成立していたのである。
「答えなさいよ! ユキは見つかったの!?」
キリエがスケロクの言葉を継ぐ。
「当然だニャ」
しかしその問いかけに答えたのは意外な人物であった。いや、人物と言っていいものか。
夜王の隣に現れた網場、彼が抱いていた黒猫のフェリアが答えたのである。
「フェ、フェリア……」
キリエはそのまま言葉を失ってしまった。
二十年来の相棒、家族であり、ペット……そのはずだったのだが、彼女もすでにフェリアの裏切りには気づいている。
それどころか一連の事件の裏で糸を引いていた人物がフェリアだったとすれば、全てつじつまが合うのだ。自らの正体を隠し、どちら側にもいい顔をして、自由に全ての情報を把握し、周囲をコントロールしていたなら。
「フェリア……あなたの目的は、なんなの? あなたの背後にいる奴は誰なの!?」
フェリアが怪しいと気づくきっかけは今思い返してみればいくつもあったように思われる。たとえばその一つはフェリアがキリエの息子であるユキを大した理由もなく魔法少女にした事である。
だが結局のところここに来るまでキリエはフェリアの裏切りに対して気づくことが出来なかった。それはひとえにキリエのフェリアに対する信頼が大きかったことに他ならない。
「……わかったわ、あいつか。私にウィッチクリスタルを譲渡したあの女……名前は知らないけど、あいつが黒幕なのね」
「憶測はそれまでにしてくれるかニャ。どのみち今更真実を知ったところでもう結末は代えられないニャ」
網場の腕の中でフェリアは表情を崩さずに話す。キリエにはまるでそれが現実のことのようには思えなかった。
(フェリア……抱っこされるのが嫌いな子だと思ってたのに、私だから嫌がったの? それとも、もうそのくらい衰えちゃったってことなのかな……そうだね、もう人間でいえば百歳だもんね……)
そんなとりとめもない事をキリエは考えていた。
よくよく思い返してみれば、特に子供が出来てからはフェリアとの対話もほとんどしていなかった。自分とフェリアとの信頼関係の薄さに今更後悔していたのだ。
「ユキの身柄はこの先に確保してあるニャ。月並みな言い方でつまらないけど、返してほしくばついてくるニャ」
そう言って網場は大広間のさらに奥の扉へと去っていく。当然ながらキリエもその後を追って走っていった。
「うぬはここまでだ」
しかしさらにその後をスケロクが追おうとした時、丸太のような巨大な腕が彼を遮った。
「夜王……」
「うぬはここで死ぬ運命。見よ、北斗七星の横……」
そう言って夜王は天井を指差したが、やめてスケロクに視線を戻した。
「北斗七星がなんだって?」
「通してほしくばこの我を倒すことだな」
(こいつ天井があるの忘れてやがったな……)
そう思いながらもスケロクはオーソドックススタイルに構えた。本格的に夜王と戦った者はまだいない。しかしその体格は尋常の者ではないし、白石浩二との手合わせから体格に頼った戦い方をする者でないという事も分かっている。
さらに言うならおそらくはもう一線は退いてはいるものの、彼はジャキの前のホスト神拳の伝承者なのだ。弱いはずがない。
「むん!」
信じられないような遠間からの左ジャブ。スケロクは拳銃を抜かず、両手を前に出したまま基本的には足さばきでその制空圏から逃げる。
(デカすぎて距離感が狂う……)
だが元々制空圏内にはいないつもりだったのだ。身長一八〇センチのスケロクからしても大柄な体。おまけに手足が長く、太い。まるで化け物と戦っているような感覚。しかし化け物と違うところもある。
「フッ!!」
ローキックでの牽制。おそらくはこれも捌けなければ大腿骨を粉砕するくらいの破壊力がある。
その直後返す体でミドルキック……が来ると思われたのだが、体重移動のフェイントだけで、実際には右ストレート。スケロクはそれを受けながらも後ろに跳んで威力を殺し、ホスト達の人垣に突っ込んだ。
「全然大したことねえじゃねえか!」
「何が公安のスケロクだ!」
「話になんねえな!!」
口々にヤジを飛ばすホスト達。この中にはおそらくサザンクロスでスケロクに手ひどくやられた奴らもいるのだろう。
「その程度か」
そして夜王もサザンクロスではスケロクの気迫に押されていた者の一人だった。あの時の屈辱を払拭するためにも、ここで「格」の違いを見せつけたいのだ。
先ほど吹き飛ばされたために夜王とスケロクとの距離は十メートル以上あるが、しかし夜王はその場で構えを取り、体を引き絞って右腕を引き、そして恐るべき速度で打ち出した。
「ホスト剛掌波!!」
「ッ!?」
構えた時点でスケロクは異様な雰囲気を読み取っていた。魔法使いだという事も知っていた。だからこそ回避行動が間に合ったのだ。
目の前の景色がぐにゃりと歪むと同時に全力で横っ飛びで避ける。どうやらスケロクは難を逃れたようだが、彼の周囲にいたホストや悪魔はその強烈な一撃に吹き飛ばされ、後にはピクリとも動かなくなった。
「躱すことくらいは出来るようだな。だが貴様では実力不足だ。スケロクと、後から来るメイはうぬらが始末しておけ」
味方を巻き込んだにもかかわらずそれを顧みることもない。それどころか手下に指示をすると夜王はそのまま網場とキリエ達が消えていった扉から奥に行ってしまった。
「へっ、お前らのボスは手下どもに任せて逃げちまったぜ? 見捨てられちまったなあ。あんな奴のいう事に素直に従うのか!?」
DT騎士団の団結に波紋を投げかけるのが狙いであったが、しかしそう簡単なものでもないのは当たり前だったのかもしれない。
「避けられなかった奴は間抜けだ」
「死んで当然」
「それよりも自分の心配をするんだな」
もとより宗教を拠り所とした組織なのだ。そう簡単には揺るがないし、スケロクの意図も見透かされていた事だろう。
そして、彼らの言う事も尤も。
今何よりも危険なのはスケロクの命なのだ。
部屋の中に五十人以上いるDT騎士団の戦闘員と魔族の配下の悪魔。
スケロクの手元にあるのは6発の弾丸とマガジン一つ。夜王が姿を消したといっても絶体絶命のピンチには違いないのだ。




