ガーゴイル
「やれやれだぜ。如何にも『何かいますよ』って感じの通路だな」
スケロクとキリエ。二人の先には少し太めの通路が真っ直ぐ展開されている。
五段ほどの階段を挟んで、大仰な扉があり、その両側には一対のガーゴイルの像が向かい合って鎮座している。
「いや~な感じの彫像ね」
そう言ってキリエは二体のガーゴイルを睨む。
ガーゴイル……元々は雨どいのことを指し、建物の壁面を傷めないために雨水を少し離れたところに落すために作られたものである。これがいつしか怪物の意匠を持ったものに変化していき、そこから転じて水の守護神として扱われることもある。
尤も、ベルメス達の異世界に於いて地球と同じ経緯を辿っているわけではないので、ここでは単に翼を持った醜悪な外見の怪物の石像という事である。
「な、なあ、お前」
「なあに? あなた」
このやり取り、まだ続いていたようである。
「こいつらが動き出して襲い掛かってくる前に聞いとくけど、一応お前魔法とか使えるんだよな?」
味方の戦力を確認しておくことは当然重要な事項である。何しろキリエは今まで人間のオスにしか効かない口撃しか使っていないのだ。おそらくその技はガーゴイルには効くまい。
「一番得意なのは炎、それに水、土、風、全部の属性が使えるわ」
「は? 炎が使えるならさっきの蜘蛛の巣焼き払えたじゃねえか」
「そこまでするほどの相手でもなかったでしょう?」
そう言いながらキリエは扉に向かって進み始める。実際キリエは繭に包まれた状態でも平気だったし、相手の弱点さえつかめばメイは余裕でジャキを下した。で、あるならば重い副作用のある魔法はなるべく温存しておきたいと考えるのが当然である。
「お、おい、もっと慎重に」
「もう一刻の猶予もない」
不用心に歩を進めるキリエをスケロクは止めようとしたが、しかし彼女は止まらなかった。
(こいつ……こんな顔してたか)
彼女の横顔を見てスケロクは感心した。二十年前の子供の顔でもない。ホストクラブに入り浸るダメ女の顔でもない。それは、たしかに『母親』の顔であった。
「きたわね」
しかし、ダンジョンの罠は容赦なく襲い掛かってくる。ガーゴイルの像はごりごりと石臼のような音を立てて二人の方に首を向け、ゆっくりと固まっていた関節をほぐすように動き始める。
撃鉄を起こしてガーゴイルに照準を合わせようとしたスケロクだったがその手を止めた。射線にキリエが入ったからだ。
「クソッ、タイミングが合わない」
拳銃は諦めてキリエの後をついてガーゴイルとの間合いを詰めるスケロク。ガーゴイルの方はもはや動きの硬さも取れ、獣と変わらぬ動きで飛び掛かってくる。
「あぶねえ!」
鋭い爪で一匹のガーゴイルが襲い掛かる。
動きが鈍いように見えたキリエを伏せさせようとスケロクはタックルをしたのだが、逆にキリエが後ろに下がったので衝突してしまった。
「ちょっと!!」
全く連携が取れていない。ガーゴイルの攻撃は何とかかわしたものの、二人は前後のガーゴイルに挟まれる形となってしまった。連携が全く取れていないのだ。
「お、お前戦えるのか!?」
「あなたの方こそ、私の邪魔しないでくれる?」
キリエの狙いはガーゴイルの動きと自分の立ち位置を調整して二匹を一直線上に持ってきて魔法一撃で決める事であった。しかし二人のタイミングがうまく合わず、結果的にガーゴイルに挟まれる最悪の形になってしまったのだ。
「俺は後ろの奴をやる! そっちは頼む」
「オーケー! ヘルファイア!!」
スケロクが銃の引き金を引く。それと同時にキリエの魔法が放たれたのだ。同じ場所に。形としては炎の真っただ中にスケロクの銃弾が突っ込んでいくことになった。高熱に弱い弾丸はガーゴイルの表面に当たってひしゃげ、さらに炎自体もガーゴイルには効かなかった。
「後ろは俺がやるって言っただろ!!」
「えっ? あんたがそっち向いてたから、その後ろなのかと……」
二人がもめている間にもガーゴイルは容赦なく襲い掛かってくる。スケロクは悪態を吐きながらガーゴイルの攻撃をくぐって反対側に抜け、すれ違う瞬間に弾丸をもう一発打ち込むが、硬質な音を響かせて跳弾するだけであった。
「クソッ、全く効かねえ」
それどころか跳弾によって見方や自分が負傷する可能性がある。スケロクは銃を封印して素手にてガーゴイルと対峙する。体格は自分よりも一回り大きいといったところ、大きな羽によって跳躍力の補助をしているが、しかし動きには野生動物のような素早さはなく、どちらかと言えば緩慢である。
「負ける相手じゃない」
そう呟いたが、しかし「勝てる相手」かと言われると疑問符が付く。
大きな叫び声をあげて襲い掛かってくるガーゴイル。スケロクは充分なマージンを取ってそれを躱し、ボディーへのパンチ、脚へのローキックを叩き込んでいくが、しかしまるで効いている気がしない。
「ウォーターハンマー!!」
視界の奥ではやはりキリエが苦戦している。キリエの使う属性魔法がどうやら効かないようだ。石像ならばこれも仕方あるまい。キリエが物理魔法が得意という話は聞いたことがない。
「弱点が見つからない……」
やはり物理。物理は全てを解決する。
だがその物理が通じない相手であればどうするのか。拳も蹴りも、スケロクのそれは石像を破壊するには少し心もとない。
もっと踏み込んで、全体重をかけた肘か膝ならば、たとえば敵の四肢を粉砕することが出来るかもしれない。だがそれをすると当然ながらこちらが攻撃を被弾する可能性も上がるのだ。ガーゴイルの攻撃を半歩余裕をもって捌きながらスケロクは考える。
人間同士の戦いならば、釣りの攻撃の中で相手をけん制し、一瞬のスキを突いて一撃必殺の攻撃を入れることも選択肢に入る。
だがもし敵が痛みを感じることもなく、自らが破壊されることもいとわずに相打ち覚悟で致命傷を狙ってきたらどうなるだろう? 要は、今までの対人戦のノウハウが全く通用しない相手の可能性があるのだ。
「だとすれば、攻めどころはここか」
覚悟を決めたスケロクは足を止め、ガーゴイルの振り下ろし気味のチョッピングライトに照準を定める。
やはりスピードが遅い。体積当たりの重量密度が人間よりも高いせいだ。ならばこれから彼がやろうとすることもきっと成功する。
スケロクは敵の攻撃を今までと同じように紙一重で躱し、しかし今までとは違ってフトコロに潜り込み、右腕を巻き込みながら腰で相手の身体を跳ね上げる。数百キロはある重量。だが『持ち上げる』のではなく『引き込む』のならば、出来ないことはない。
見事スケロクの背負い投げは成功し、ゴシャアンという重く、甲高い音をさせてガーゴイルは粉々になった。
それほどの重量、自重を支えるのが精いっぱい。落下の衝撃に耐えられるほどの耐久性は無かったのだ。
「キリエッ!!」
すぐさま顔を上げて相棒の方を見る。向こうもすでに危機的状況、床に押し倒されたキリエがガーゴイルに左手で押さえつけられ、振りかぶった右腕で殴りつけようとしているところだった。
やはりキリエでは実力が足りなかった。幼い頃は闘いは全てメイに任せており、戦いの経験自体に乏しい。さらに彼女の使う属性魔法は石像のガーゴイルに全く歯が立たなかったのだ。
慌ててスケロクは銃を構える。先ほどは効かなかったが、注意を引くくらいはできるかもしれない。十メートルほどの距離があり、スケロクの腕では当たらないかもしれない。もし当たっても、跳弾がキリエに当たるかもしれない。
要は、上手く行く可能性などほとんどゼロなのだ。
だがそれでもやらなければならない。
時を同じくしてキリエは魔力を左手にこめて敵にかざす。ここまで彼女の属性魔法は全て効かなかったというのに。彼女は一体如何なる魔法を使おうと言うのか。
「魔法ビーーーム!!」
まばゆいばかりの光が部屋いっぱいに広がり、轟音と共にガーゴイルの身体がバラバラに吹き飛んだ。
「なんやそれ……」
母は強し。