魔法少女使い
「ワン!」
「ワン?」
唐突に現れた謎の魔法少女。彼女の正体は一体……?
「よぉし、よくやった」
部屋の奥からは一人の若い男性が出てきた。少女はその姿を視認すると、飛びつく様に彼に駆け寄り、犬のように四本足で座る。これは一体如何なることか。
ダンジョンに入ってすぐにコウジは悪魔に攻撃を受けた。これはまだいい。不意打ちを許してしまったのは先が思いやられるが、ダンジョンの中に悪魔が集まっているのは既に分かっていた事だ。
だがこの魔法少女と、青年男性は何者なのだろうか。少女の方が魔法少女なのは間違いない。何か妙な術を使って悪魔を倒したところを目撃したのだから。
しかしこの青年の方は一体何者なのか。まずはそこからだ。
「あの、あなたは一体……」
「ちんちん」
ちんちん……一般的には男性器の俗称として知られる名称。この青年にそれがついているであろうことは容易に想像できるのだが、なぜ今その話になるのか。
「ワン!」
突然少女が据わった状態から両手を胸の前まで上げた。そうか、その意味があった。犬の芸の『ちんちん』である。
「おすわり」
少女は両手を地面につける。きらきらと輝いた目で青年を見上げている。
「よ~し、よしよし、いい子だ」
そう言って頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でると、上着のポケットの中から何か白い物を取り出して少女の口に放り込んだ。
これでは、まるで飼い犬である。
「俺の名は榊原鉄平。『魔法少女使い』だ」
「魔法少女使い……」
思わず頭を抱えるコウジ。まさかここにきて新しい一般名詞が出てくるとは思わなかった。
「そしてこいつはヒカリ。俺の相棒さ」
「ええ……」
言っていることは単純明快。理解はできる。しかし心が追い付かない。
「あんたは二匹も魔法少女をテイムしてるんだな、なかなかやるな」
「え?」
「えっ?」
思わずアスカとチカが疑問の声をあげた。疑問の声をあげたが、しかし何に対する疑問なのかが自分でもうまく整理できない。状況の把握がまだできていないのだ。
「あ、あのですね……」
果敢にもコウジが攻め込む。
「魔法少女使いって……なんですか」
先ずはそこからだ。魔法少女は知っている。しかしそれにテイマーが付随するものだとは初めて聞いた。
「なんだ、そんなことも知らないのか? 二匹もテイムしてるっていうのに。いいか? まず魔法少女ってのはだな……」
いや魔法少女は知っているのだ。榊原は魔法少女の説明を始めるのだが、おおよそのところはコウジ達の知るものと同じであった。問題はなぜそれを使役する者がいるのか、という事なのだ。
「知っての通り魔法少女ってのは知能が低いからな。こうやってテイマーがいないと悪魔と戦えないのさ」
知らないが。
コウジがちらりと後ろに振り返ると、アスカもチカも露骨に不満げな表情をしていた。それはそうだ。目の前で自分達の事を「知能が低い」と言われたのだから。しかし話の腰を折るのも面倒なのでそのまま黙って話を聞く。
「どこで……その、ヒカリさんと知り合ったんですか? というかあなた達はいったい何者なんですか?」
「俺は流しの魔法少女使いだ。日本全国を回って悪魔を退治してる……まあ、正義の味方ってところだな。今回警察庁から依頼が来てここへ来たんだ」
そんな事例があるのも初耳である。スケロクは幾分特殊な存在だとは聞いてはいたのだが、警察から民間への業務委託があるとは全く知らなかった。しかしまあ道理としては分かる。ああいった超常の者に対抗できる人間というのは非常に限られているのだ。この晴丘市では現在そんな人間で溢れているが。
「それで……このヒカリさんはあなたのお知り合いかなんかで?」
そう、最も気になるのはそこである。二人の関係は一体何なのか。
「こいつは……福井県で拾ったんだ」
「福井県で!? いったいどういう事なんですか!?」
「ああ、そうだな。そこから説明した方がいいか」
如何なる事情があるのか。福井県に魔法少女の養成機関があるとでも言うのか。榊原はこほん、と小さく咳払いをした。
「福井県っていうのは北陸にある、岐阜や滋賀県と隣接する……」
「福井県の説明はいいんですよ! 知ってますよそれくらい!!」
読者の諸氏にも説明が必要であろう。
福井県とはただでさえマイナーな北陸三県の中でも特に存在感の無い田舎の地方である。加賀百万石で有名な石川県や、豊かさ指数で何度も一位になったことがある富山の陰に隠れ、話題になることが少ないので知らない人も多い事だろう。
民放が二局しかないため、県民(※)は日テレ系の福井放送とフジ系の福井テレビしか見ることが出来ず、野球中継で「一部の地域を除き、この放送は時間を延長してお届けします」というメッセージの後に突然ドラマ放送が始まり「一部の地域ってここのことか……」という屈辱感を強いられることがかつてはあった。民放不毛の地なのである。
※一部では隣県の電波がキャッチできます。
そんな過酷な環境で、この魔法少女を拾ったと彼は主張しているのだ。
「記憶喪失の少女を、拾った……?」
「ああ。おそらくは……」
ヒカリの頭を撫でながら榊原は視線を上に向けて少し考えこむ。彼自身そこまで深く事情は知らないのだろう。だがコウジにも想像することは出来る。魔法少女がいるのはこの晴丘市だけではなかったのだ。おそらくこの日本全国に、ウィッチクリスタルがバラまかれているのだ。
「おそらくは、北〇鮮に拉致されて……」
「ちょっとぉ!!」
センシティブ。
「吹っ飛んじゃうでしょうが!」
「なにが?」
多くの人は某国の工作員が一般市民を攫って自国のスパイに育て上げる、という事件を遠い過去の物、他人事と考えているかもしれないが、決してそんなことはない。北陸地方では実際に二十一世紀に入ってからも水中スクーターで上陸しようとした某国の工作員の死体が水揚げされるという事件が発生しているのである。
しかしそれはとりあえず置いておこう。この小説が吹っ飛んでしまう。
「……というわけで現在進行形のヤバい話を何の根拠もなくいきなりぶっこんでこないでください!! というかその拉致問題も解決してないんですから!!」
さすがに切れた堀田コウジは榊原の胸倉を掴んで詰め寄る。
もちろん彼にはそこまで本気で榊原と敵対するつもりは無かった。ただ、少し。あまりにもマナーの悪い発言をする彼に怒りの姿勢を示そうとしただけであった。
「グルルルル……」
しかし彼のすぐ横から獣の如き唸り声が聞こえてきたのだ。