同盟
『愚かなる人の子らよ、妾が城に何用か』
どの方向から聞こえてくるのか、距離感の掴みづらいエコーのかかった女性の声。騎士団の連中がざわめきだす。
「どこから声が……」
「何者だ?」
聞こえないように「フッ」と小さく鼻を鳴らすベルメス。満面の得意顔である。
(ちょっと、ベルメス様……)
小さい声でカルナ=カルアがベルメスを引っ張った。
(なんじゃ? うまい具合にいっとるじゃろうが)
(なんですか、『愚かなる人の子』って! そういうとこですよ!!)
そう。アレだけろくに調べもせずにメイを侮って痛い目を見たというのにまたここで相手を侮るような発言をしているのだ。全く懲りていない。ファーストインプレッションでいきなり『愚か者』扱いして健全な信頼関係など築けるはずがないのだ。
(だ、だったら『どうも、お忙しいところ失礼します、人の子よ』とでも言えばいいのか? そんなの威厳が無さすぎるじゃろう! 妾は魔王じゃぞ!!)
確かにそうなのだが、極端が過ぎるのだ。もっとこういい塩梅に出来ないのか。
(とにかく、あんまり挑発するようなのはやめてください。面倒くさい奴が出てきたらどうするんですか)
今更軌道修正が効くのかどうかは分からないが、ベルメスは今度こそ失敗せぬようにと、小さく咳払いをした。
「……なんだいまの? 咳払い?」
「エコーのかかった咳払いだ」
「わらわが咳払いしたぞ」
(しまった、もうマイク入ってたのか)
(あ~、もう!)
仕切り直し。
『妾の名は魔王ベルメス。闇に連なる者共の長にして人の世を終わらせる者』
『あの……』
「ん? なんだ? 別の奴の声が入ったぞ」
「今度は男の声だな」
矢も楯もたまらずとうとうカルナ=カルアが横入りした。
『人の世、っていうのはあくまで私達の世界の人間を指すので、あなた達の事じゃないですからね。そこだけははっきり言っておきますんで……じゃあどうぞ』
『チッ』
思わずベルメスは舌打ちをする。こんなバトンの渡し方されたら魔王の威厳も何もあるまい。しかし誤解を招くような表現はよくない。ベルメスの落ち度である。
「ほう、魔王だと? うぬがこの迷宮の主か」
二人称がうぬ。
(ほぉら面倒くさい奴が出てきたじゃないですかぁッ!! どうすんですか!!)
(だ、だって! 二人称が『うぬ』なんて、そんな奴がいるなんて普通思わないじゃん!! これ絶対妾のせいじゃないぞ!!)
よりにもよってここで夜王が出てきたのだ。ベルメスと夜王の対峙。くそ面倒くさい二人の直接対決である。
「ここに有村ユキという小僧が来ておるはずだ。知らぬか」
『…………』
知っている。実を言うとよく知っている。そもそも彼がアルニウスと地球の次元を繋いだのでその通り道をベルメスが固定し、調査のために配下のモンスターを町に放ったのだ。だがここは慎重に出なければならない。あまり簡単に教えて見くびられても困るし、もったいぶり過ぎて敵対されても困る。
『その小僧が汝らの目的か』
「そうだ。それと葛葉メイ、その一味の殲滅よ」
よどみなく答える夜王。若干キャラを作っているベルメスと違って、彼はガチだ。
『ん? 葛葉メイとはもしかして、いい年して恥ずかしい格好してる三十路女か?』
「そうだ」
思わず全力でガッツポーズをとる二人。
ビンゴもビンゴ。DT騎士団と接触したのは大正解であった。まさか今現在自分達が敵対している魔法少女と敵同士の連中だとは思ってもいなかった。渡りに船とはこの事である。
地響きのような音を立てて石壁が反転する。
確かに行き止まりの袋小路だと思っていた広々とした玄室。その壁の一つが反転し、二人の魔族が出てきたのだ。単純な仕掛けだが、どんでん返しになっていたのである。
「うわ……いい年して恥ずかしい格好してる三十路女が出てきた」
「ふふふ、どうやら妾とおぬしらは目的を同じくする誰が恥ずかしい格好の三十路女じゃい!!」
へそまで見えるほどの深いスリットの入ったトガのような服をシャツ無しで着た、頭部に巨大な角の生えた三十路女。充分に恥ずかしい格好である。
「……ま、まあよい。それよりもあの黒髪の大女を倒したいのならば妾が手を貸してやろう」
「ちょっと……」
夜王と対峙する魔王ベルメス。しかしそれを後目に網場がアキラの手を引いて部屋の隅に移動した。
「あの女……ちょっとポンコツじゃないか?」
「俺もそう思う」
どうやら共通見解のようではある。
とはいえだ。正直手詰まりの状況になりつつあったDT騎士団を彼女達がブレイクスルーしたのもまた事実である。
何よりも彼女はこのダンジョンの主なのだ。で、あれば、この先ユキを探すのにも、メイ達と戦うにも、彼女の助力があれば圧倒的に有利な状態になれるのは間違いないのである。
尤もその圧倒的有利な状況で彼女はメイに既にボロ負けしているのだが、当然アキラ達はそんなことは知らない。
「それで、有村ユキの居場所を知っておるのか」
「ふふふ、もちろん。あの小僧は妾の支配下にあるぞ」
唐突に現れた魔王が相手でも全く臆することなく対等に交渉をこなす夜王。その泰然自若とした態度にはDT騎士団の全員が信頼を寄せている。そして交渉相手の魔王ベルメス自身も彼のただ者ではない雰囲気を感じ取っていた。
その上彼らにとっては葛葉メイは既知の存在。
協力し合えば、必ず勝利をもぎ取ることが出来る。そう確信に至るだけの迫力が夜王にはあった。
「どっちにしろ、他に選択肢はねえな」
「……そうだな」
そんな二人の交渉を遠目で見ていた網場とアキラもその姿を見て自分達の勝利を確信していた。
ここに両者の同盟が成り立ったのである。