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しゃーす

 魔王ベルメス配下、四天王……異世界アルニウスに於いて人間勢力より劣勢下にある、人ならざる知的生物の連合軍である、通称『魔族』。その中の選りすぐりの能力と、カリスマを持った異形の者共の頂点に君臨する、文字通りの怪物である。



 馬のひづめの音がダンジョン内に響く。肉も皮もなく、骸骨の巨馬。その鞍の上に跨るは漆黒の甲冑の上にマントを羽織った、同じく骸骨の男。


 死神の騎士メシュフシュ。農民、兵士、奴隷……王以外の全ての死神を率いるアンデッド軍団の長。相手の名と生の目的を質問し、正しい回答を得るとその者を死者の国に連れ去る権限を持っている。


 その暗く深い双眸に光は映さず、魂の色を映すという。



 石壁を揺るがす唸り声。四本足で腹をこすりながら、しかし恐ろしい速度で進み来る巨大なワニのような竜。四天王の一人、地竜メルポーザ。大地を走る竜脈を支配し、獣にしか見えないその外見と裏腹に高い知能を持ち、天変地異にも匹敵する竜言語魔法の使い手である。


 魔法だけでなく物理的攻撃力も高く、モグラのように地中を突き進むためのその前足に備わった鈎爪は、大岩を豆腐の如く打ち砕く。



 地獄の悪魔のような姿のメルポーザの背には美しい赤毛の少女が座っていた。長い耳は長命種であるエルフの証。四天王の一人、魔眼のイルウ=レッフーサ。


 人間から迫害され、生まれ故郷を焼き払われた時に自らの眼球の白目の部分に魔法陣を描き込み、見た者の心臓までも金縛りにする瞳術(どうじゅつ)の使い手である。


 普段は固く閉じられたその瞼の下を見て生き残った者は、一人もいない。



 メイの倒したモンスター達の死骸を踏み砕きながらダンジョンの通路を駆け抜ける魔族四天王。如何に歴戦の魔法少女と言えども、神にも等しきこの三人を同時に相手にして生き残ることなどできようか、いや出来まい。(反語)


「むおおおおおお!!」

「グギャアアアァァァ!!」

「キャアアァァァ!!」


 三人は、奈落の底へと消えていった。


「ベルメス様! なんでさっきの落とし穴開けっ放しなんですか!!」

「えっ? えっ!?」


 水晶玉で様子を窺っていたカルナ=カルアが慌ててツッコミを入れるが、時すでに遅し。


 四天王の残りの三人は実を言うと三人とも視力に難のある人物であったが、先ほど操作ミスで通路に開けられた落とし穴に気付かずに、全員がそのまま穴の奥へと吸い込まれていってしまったのだ。


 何事もやりっぱなしはよくない。次のフェーズに入るときは必ず前の物を片付ける。大人なら常識である。


~ 四天王 全滅 ~


 最悪の事態である。


「だ、だって……これ、戻し方が書いてなくって……」


 魔王ベルメスは涙目で何やら羊皮紙を広げている。おそらくはこのダンジョンの取扱説明書か何かであろう。どうやらこのダンジョンはダンジョンでまた誰か別の人物が作ったもののようだ。


「ど……どうするんですか、ベルメス様」


 もはやあきらめムードの漂うダンジョンの一室。先ほどまで完全に恐縮しきって命乞いをしていたカルナ=カルアであるが、立場が変われば強くなるのは当然。「この落とし前、どうつけるのか」と言わんばかりにベルメスに詰め寄る。


「え……いや、あぅ……」


 一方の魔王ベルメスは無残なものである。先ほどまでにメイを始末できなかったカルナ=カルアを始末しようとしていたというのに、彼に詰め寄られるままに反論さえできない有様なのだ。


 とはいえそれも仕方あるまい。


 なんせ単純なミスからこのダンジョンの最大戦力であった四天王の内三人が一瞬にして灰燼に帰してしまったのだから。


 見たところ人間の年齢で言えば三十路過ぎの女盛りといったところであるが、その風格は全く感じられず、眉根を寄せて涙をにじませる様は嗜虐心をそそられる。


 一瞬これを機にえっちなお願いでもしてみようかと思ったカルナ=カルアではあったが、正直言ってそんな時間的余裕はない。さらに言うならこのポンコツ魔王の言い訳を悠長に待っている時間もないのだ。


「と、とにかく、ベルメス様。一旦ここは離れて迷宮の奥に退避しましょう。脱出するにしろ反転攻勢に出るにしろ一旦体制の立て直しが必要になります。この部屋にいたら袋小路ですし」


「う、うん。わかった」


 妙に素直なベルメス。もはや魔王の威厳というものはない。


「あ」

「あ」


 しかし二人が部屋から出ようとしたところ、またしても想定外の事態が起きた。


 メイと鉢合わせしたのだ。


 もはや二人とも気付いていなかったのだが、四天王がメイの元に向かって落とし穴にはまった時、すでにメイの方は迷宮の道を奥に向かって進みだしており、その場にはいなかったのである。


 暢気に部屋で見物していただけの二人が追いつかれるのは必定と言ってよい。危機管理意識があまりにも低すぎる。


 元々青黒い肌が蒼白になるベルメス。一方のカルナ=カルアは額から汗をだらだらと吹き出し、この危機的状況を脱する方法を頭の中でまとめ始める。


「…………」


 そしてメイの方は、というと、無言である。


 そこからカルナ=カルアは一つの仮定をし、そしてそれに則って行動を始めた。


「あ……しゃーす」


「あ、……っす」


 何事もなかったかのようにスルー。


 なんだかよく分からない挨拶をして二人を見送るメイ。大成功である。


 正直言って配下のモンスターに襲わせたものの、二人もメイが何者なのか、分かってはいないのだ。しかしそれ以上にメイ自身が二人の事を何も知らない。


 で、あるならば。バーサーカーのごとき働きぶりではあったものの、目につくもの全てに襲い掛かるような狂人ではないのではないか? そこに賭けたのである。


「……っす」


 ベルメスもカルナ=カルアの後に何気なく続く。メイはこれもスルー。


(やった! 勝利だ!! ……いや勝利じゃないか。でもまあこれで当面は生き延びられる!)


 思わずガッツポーズしたくなる自分の名采配に心の中で喝采しつつも、何事もなかったかのように通路の先へ急ぐカルナ=カルアとベルメス。

 メイはまだ状況がつかめずその場に突っ立ている状態である。おそらくは登山者同士のあいさつくらいの感覚なのであろう。


 このまま距離を取ってとにかく態勢を立て直す。それができなくとも最悪逃げる。二人が生存を確信した時であった。


「ちょっと待て」

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[良い点] 落とし穴最強(`・ω・´)
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