騎士団長殺し
「ああもう、厄介なことになったわね」
通路で振り返ったメイが独り言ちた。
少し迂闊ではあったかもしれない。メイもこんな本格的なダンジョンの攻略はほとんどしたことがない。とはいえ、通路を何気なく先に進んでから振り返って見ると、今まであった部屋が無くなっていたのだ。
もちろんスケロクとキリエもいない。ガリメラまでもいないのだ。完全に孤立してしまった。
「まあ、仕方ないか……」
言うなりメイはまず床に耳を当てて周囲の音を確認する。互いに相手との関係性を喪失してしまい、パニックになってしまったキリエ、スケロクペアに比べれば大分スムーズなものである。
元々一人で戦い続けてきた人間であり、一人となってしまった事への戸惑いはないのだろう。
「とりあえず人の気配はないわね。あてずっぽうにはなるけど、先へ進んでいくしかないか」
周囲の確認が終わったメイはすぐに方針を立ててダンジョンの奥へと進んでいく。尤も、この場合どちらが奥なのかは判然としないのであるが。
「ん?」
がらん、がらんと金属同士がぶつかる軽い音が通路の奥から聞こえてくる。
「数は一人分……DT騎士団の連中か?」
メイはゆっくりとオーソドックススタイルに構えて戦いに備える。大きくラウンドした一本道の通路には隠れる場所もない。やり過ごすことも奇襲することもできなさそうである。
こんなことならばガリメラから武器を借りておくのだった、と少し後悔するも先に立たず。重要なのは来るのが敵なのかどうか、そしてその実力である。
「どっちにしろ、大した相手じゃなさそうね」
面と向かっての戦いにはよほどの変化球の持ち主でなければ負けない自信がある。怖いのは野生動物のように物陰から気付かれずに近づいての不意打ちである。このダンジョンではそれも難しいが。
アレだけ大きな音を響かせて悠々と近づいてくるのは大した敵ではない。そう判断したのだ。
乾いた金属音はすぐに近づいてくる。苔と菌糸の薄暗い発光の中、メイの前に姿を現したのは西洋のフルプレートアーマーに身を包んだ騎士であった。左手には大きな盾を、右手にはロングソードを備えている。
「童貞の騎士様かしら? それともこのダンジョンに巣くう化け物?」
半身に構えたままメイが訊ねると、騎士はその問いかけになど当然のように答えず、無言で袈裟懸けに切り込んできた。
このことを予想していたメイは半歩だけ間合いを外して紙一重で剣の切っ先をやり過ごし、それをいなしながらの回転の勢いを利用してそのまま後ろ回し蹴りを騎士の頭に叩き込んだ。
常人ならばヘルメットの上からでも間違いなく意識を刈り取れるほどの強力な打撃。しかし騎士は剣のフォロースルーも終わらぬうちにシールドバッシュでメイに体当たりをして吹き飛ばし、距離を取った。
「ぐっ!?」
後ろに飛ばされながらもメイはがんがんと金属の跳ねる音を聞いた。騎士のメットが飛んでいる。
最初蹴りの威力で兜が外れたのかとも思ったがどうやら違うようだ。騎士には首から上が無く、黒いもやのような物があるだけで中身がないのだ。
「リビングメイル……?」
メイがすぐに体勢を立て直すと、騎士は悠々と転がった兜を拾い上げて首の上に再びそれを戴いた。
おおよそこの手のファンタジー的な化け物に類するものとも何度も戦ったことはある。メイに対峙したのは実体を持たない幽鬼。狂気と後悔の念が死んだ後も生前の鎧を動かし続けるリビングメイルというアンデッドであった。
今して見せたように鎧の上からの打撃では倒すことのできないこの怪異をメイはいかにして相手するのか。彼女にはキリエやアスカのように魔力を打ち出すことは出来ない。
「あんたは何者なの? この世界の住人? 私と戦ったって得るものなんかないでしょうに」
だがメイの呼びかけに騎士は答えない。人を狩る本能でもあるのか。ギラリと刃を輝かせて剣を振りかぶる
「まあいいわ」
言葉を発し終わるよりも早く間合いを詰める。先に剣を振りかぶって攻撃態勢に入ったのは騎士であったが、しかし先を取ったのはメイ。強烈な内股への蹴りがヒットし、体勢の崩れた剣の軌道はブレ、力なく彷徨う切っ先をやり過ごしたメイはさらに今蹴った脚の外側に全体重をかけたローキックを見舞う。
ベコリと音がして鎧がひしゃげる感覚がした。
「会話の通じない悪霊でも……」
体勢の崩れた騎士に対してさらにローキックの重ね掛け。もう一度、二度と左のローキックを放つ。
「ローキックは通じるのよね」
まだその手から剣を放してはいないのだが、しかし大腿部の鎧がぐしゃぐしゃにひしゃげてしまい、もはやその鈍重な体を支えることのできない騎士。
「ちょっ、待っ……」
「喋れるじゃないの!!」
思わず盾も剣も手放してしまう騎士。
戦闘放棄の意思を示すも、メイはそれほど甘くない。殴り、蹴り、潰し、踏む。これを機とばかりに徹底的に攻撃を続ける。
騎士の方はひたすらに両手を前に出して待ってくれるように意思表示をするだけなのだが、当然止まらない。その突き出された籠手すらもぐしゃぐしゃにひしゃげていく。
仮にメイが攻撃の手を休めて相手の話を聞くとしても、それはおそらく相手が十分にダメージを蓄積して、反撃の目が完全になくなってからであろう。
要するに「十分に痛めつけてから」だ。
「ほんと……待って……」
右手を差しだして息も絶え絶えに言葉を発する鎧の騎士。左の籠手は既にもげてどこかにとんでいっている。胴も兜もぐしゃぐしゃに潰れ、かろうじて鎧だったと分かる程度。ブーツは完全につぶれてしまって原形をとどめていない。
ほぼ鉄くずである。
「ここにユキっていう女の子みたいな少年が来てないかしら? その子があんた達の世界と私達の世界を繋いじゃってるから、元に戻しに来たんだけど?」
交渉とは常に自分の優位を保ったうえでするのが基本ではあるが、これは少しやりすぎではある。
「そ……」
かすれた声で騎士は声を発する。実体のないアンデッド、どうやって声を発しているのかは謎であるが。
「そんなガキは、知らん……だが、この世界とつながったのは……偶然では」
ぐしゃり、とメイの前蹴りで兜がプレスされる。
「知らないなら用は無いわ」