マジカルバスター
「んひょあああぁぁぁぁぁ♡♡ らめええぇぇぇぇぇ♡♡♡♡」
じゅぽっ、ぶぽっ、じゅぼぽぼぼぼぼぼっ、ズココッ! ズババババボポォッ!!
此は如何なることか。
木乃伊の如くぐるぐる巻きに縛り上げられ、もはやその命の弦すら繋がっているかどうか怪しいキリエ。
絶体絶命か、もしくは既に手遅れかと思われていたのだが、ジャキに両足で挟み込まれた彼女の繭から異様なほどの水音がしたのだ。
「んらめぇぇぇぇぇぇぇ♡ イってるから♡ もうイってるからやめてええっぇぇぇ♡♡♡」
そしてキリエの繭を足で抱きかかえたまま、阿呆の如くアヘ顔を晒しているジャキ。何故斯様な仕儀と相成ったのか。
「ふぎゅうぅぅぅ……」
ちゅぽんっ、という音をさせて、ジャキは泣きながら這う這うの体でようやくキリエから距離を取った。
「ふふふふ……」
すわ死んでいるのでは、と思われたキリエであったが、彼女を包んでいる繭は一か所だけ穴が開き、そこから彼女の口が覗いていた。べろりと舌なめずりをしてほくそ笑む。
「魔法少女を甘く見たわね」
「魔法少女が誤解されるような発言やめて」
「ゲエエェェェーーーップ」
メイが苦言を呈するがキリエはそれに対して大音量のげっぷで返した。この女はどんな時もアウトオブコントロールである。
しかし、ここではっきりと流れが変わったと言っていいだろう。
「まあ、でも感謝はしてるわ。これだけ分かりやすくやってくれれば私も対処が思いつく」
そう言うと唯一クモの巣に捕まっていなかったメイはひらりと跳び上がり、巣の上に着地した。
「おい!」
スケロクが焦って声をかけるが、メイは全く気にすることなく一歩、二歩、と糸の上を器用に歩く。彼女のブーツには全く糸が張り付く様子も絡みつく様子もない。
「どういうこった?」
目を見開いて驚くスケロク。ちなみにキリエの方はまだ口しか出ていないので外の状況は分からない。
「なんとなく記憶に残ってたことだったからイマイチ自信が無かったんだけどね。ここまでしっかりジャキの行動を観察させてもらって確信が持てたわ」
そう言ってまた二歩、三歩と歩を進める。
「ひっ、くっ、来るな!」
いよいよ余裕がなくなってきたのか、ジャキは大きく跳躍して後ろに下がる。一方のメイは余裕の表情で綱渡りのように糸の上に静止している。
「クモはなぜ自分の糸で絡まることがないのか、って話ね」
実は足から特殊な脂を出していて糸が張り付かない、などという小細工ではない。簡単に言うとここまでのジャキの言動にヒントがあったのだ。
彼は確かに、特性の違う数種類のフィブロインから成る糸を複数ストックしている、と言っていた。
以前に筋力の補助をしていた糸もその一つであり、そして今回の巣には二種類の糸を使用しているのだ。
即ち、横糸は粘るが、縦糸は粘らない。たったこれだけの違いである。メイは頭の片隅にあったこの知識を思い出し、さらに彼の言葉と、動き……ここまでのジャキの動きが縦糸の上だけに触れており、決して横糸に触れようとしなかったところから確信を得たのだ。
「ネタが上がってみれば大したことないわね!!」
メイはトランポリンのように糸をバネにして大きく跳躍し、そしてその場に力強く着地。しかしジャキの方はその振動……衝撃に耐えられずに空中に投げ出されてしまった。
彼の左腕は二の腕当たりの途中から以前にガリメラのペトロブレスを受けて石化してしまっており、物を掴むことが出来ないのだ。体を支えることは出来ても、糸にしがみつくことが出来ない。
「うわあああああ!!」
あわれ空中に投げ出されてしまったジャキ。そしてこの手の戦いに慣れているメイはもう一度跳躍し、空中で見事にジャキをキャッチして、着地せずになんとそのまま即座に攻撃の体勢に入る。驚異の空中関節技だ。
一瞬のうちにジャキの身体を逆さまにし、ブレンバスターの様に敵と自分の肩を組み合わせ、逆さまに抱え上げた相手の脚の膝裏をそれぞれの手でがっちりとホールドし、今度は縦糸、横糸など一切気にすることなくクモの巣を突き抜けて床に着地。
「マジカルバスタアァァァァ!!」
ゴキン、と嫌な音がする。おそらくは股裂き状態になっているジャキの股関節が外れたのだろう。
それと同時にみしりと硬質な音が響き、ジャキの石化した左腕が捥げて落ちた。落下の衝撃に耐えられなかったのだろう。
「フン、てこずらせやがって」
クモの巣にまみれたメイは体にねばりつくそれに何の留意もすることなく立ち上がってジャキの身体を投げ捨てた。
白目をむいて失神しているジャキがごろりと床に転がると、数秒の時間差ののちに周囲の糸は消滅して無くなってしまった。
「さ……さすがね、メイ。衰えてはいないようね」
「あんたの方はある意味ではパワーアップしてるわね」
すでに何度か目にはしているものの、とてもではないが自分の息子には見せられないキリエの戦いぶりにメイは軽蔑の視線を向けた、が、どうやらキリエの方は言葉の通りに賞賛として受け取ったようである。
「どっちも戦い方がえげつねえぜ……」
スケロクは呆れたような表情で歩み寄り、失神しているジャキの頭部を軽く蹴飛ばした。
「う、うう……」
どうやらその衝撃でジャキは意識を取り戻したようである。ブリーフ一丁で、左腕は捥げ、足の関節は外れてまるで糸の切れた操り人形のような情けない姿。「見るも無残」というのはおそらくこういう事を言うのであろう。
「お、恐ろしい……魔法少女、恐ろしい」
酷い誤解である。この二人が特別恐ろしいだけなのだ。