鳥かご
「ホストがなんぼのもんじゃあぁぁぁい!!」
山田アキラとジャキはサザンクロスの内部の状況を知って唖然とした。
公安の木村スケロク。
その彼が、1階のエントランスで大暴れしていたのだ。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、という言葉がしっくりくる。ホストの胸倉を掴み、ぶん投げて壁にブチあて、殴り、蹴り、打ちのめす。まさに大暴れである。
サザンクロスには夜王と網場もいるのだが、アキラ達と同様この状況に唖然とした表情をしているだけである。
一方のホストの方はそもそもの実力がスケロクに及ばないのもあるのだが、あまりの事態にどう対応したらいいかが分からず、ほぼ一方的に蹂躙されているような状態だ。
アキラとジャキも同様に、最初事態が呑み込めずにこの理不尽をただ阿呆のように口を開けてみているだけであった。
しばらくしてようやく目が覚めたかのように自分を取り戻す。
「と、とりあえず証拠写真を……」
ジャキがカメラを構えた。
ただ男が暴れているというだけではないのだ。先ほどスケロクは思いっ切り『公安の』と宣言していた。こんなことは公権力をかさに着た横暴である。許されるはずがない。
「何撮ってんじゃごるあぁぁぁ!!」
怒りの形相のスケロクがホストの一人をジャキに投げつけて撮影を阻止する。
「い、いい加減にしろ!!」
この段になってようやくアキラが声を上げた。
「令状もなしにこんなことしていいと思ってんのか! というか仮にあったとしてもこんなカチコミみたいなのが認められるか!!」
前回来た時はまだ「ユリアを取り戻すため」という目的があった。軟禁状態の被保護者を取り戻すため、というのなら私人としてまだ言い訳も立つが、今回は状況が違う。
ユリアもユキもここにはいない。サザンクロスのホスト達と、スケロクには無関係なNPO法人に保護された女子供がいるだけなのだ。
「令状だぁ……?」
暴走状態のエヴァンゲリオンのような形相のスケロク。ようやくサザンクロス側からの問いかけに対して反応した。
何か捜査令状があってのこの無体なのだろうか。
「俺様に令状なんていらねぇんだよ!!」
なかった。
再び近くにいるものを手当たり次第に殴り始める。だがホスト側も大分気が落ち着いてきて反撃の余裕が出てきた。ジャキが一気に間合いを詰めて顔面目掛けてパンチを見舞う。
「行政指導ォッ!!」
だがスケロクはその突きを廻し受けすると同時に中断正拳突きでカウンター。ジャキは4メートルほども吹き飛ばされて倒れた。
「そもそも警察庁は執行機関じゃねえんだよ! 最近はサイバー犯罪対策課とかあるからちょっと事情が変わってきたがな。元々は自前の留置所すらねえんだ」
その場にいる誰もが疑問符を浮かべる。
執行機関でないのなら今やっていることは何なのか。令状がないのは別にしても、何か犯罪の存在を認めたからそれを咎めに来たのではないのか。
再び近くにいたホストが動きのとまったスケロクに攻撃を仕掛ける。右のストレート。しかしスケロクはそれを軽くいなし、相手の背中側に回り込みつつ、脇に肘打ちを入れ、胸骨をへし折った。
「行政指導!!」
先ほどと同じ掛け声。まさか。
「コイツは警察庁からの行政指導だ。行政指導には令状なんかいらねぇ」
行政指導は内閣や各省庁、又は地方自治体……まあつまりは『行政』が必要性を感じた時に実施される。その背景には法律や条例に抵触する恐れが認められた時、およびそれに抵触せずとも公益や良識に反する、社会通念上のルールを犯す行為に対してこれを是正するために『指導』が行われるのだ。
なお、その『指導』の内容については特に法律などで定義されてはいない。
「だからってこんなのがあるかあぁぁぁッ!!」
アキラの叫び声と共にホストが一斉に襲い掛かる。攻撃ではなく制圧。体当たりによる質量攻撃。
「行政指導旋風脚!!」
スケロクはその場で跳躍し、ヘリコプターのように回転しながらの蹴りでそれを迎撃する。襲い掛かったホスト共は蹴りとその風圧によって返り討ちにあった。
「ふざけるな! 俺達が何をしたって言うんだ!!」
「ここで保護している女性に生活保護を受けさせて、その金から相場に見合わない家賃を徴収していると密告があった……ホストから覚醒剤を買えるって噂もある」
「む……れ、令状は……」
「あるかそんなもん」
もはや万事休す。ここでスケロクを亡き者にしようとすれども、ユリアに再会してつよつよモードの彼にはホスト共では歯が立たない。アキラ、決断の時である。
「くっ……ここを放棄する!! だがお前らはスケロクを足止めしろ! 俺が地下室からウィッチクリスタルを回収する間だけでいい!!」
スケロクは雑魚ホスト達に囲まれており、地下への階段やアキラ達にすぐにはアクセスできない。その間に別の場所に被保護者と共にウィッチクリスタルをもって退避し、そこから立て直す構えである。
アキラはすぐに地下への階段に向けて走り出す。
「行政ェ……」
スケロクはその場で深く腰を落とし、体をひねって両手でボールを持つように構えた。彼の両手の間で稲妻のような白い光がバチバチとうなりを上げる。
「指導拳ッ!!」
掛け声とともに両手を前に突き出すと凄まじい速度で光球が飛翔し、アキラを直撃して吹き飛ばした。
「ば……ばかな」
ホントに。
「行政……」
再び構えを取るスケロク。『溜め』の間に彼を止めようとホスト達が襲い掛かる。
「指導拳! 指導拳! 指導拳!!」
夥しい数の光球がホスト達に襲い掛かる。行政指導拳の連発でホスト達は近づくことすらできない。
その時、一本の白い糸が天井に伸びた。
「調子に乗るなッ!!」
糸を繰り出したのはジャキだった。ワイヤーアクションのように天井につけた糸を引っ張り跳躍、空中からスケロクに攻撃を仕掛ける。
しかしこれに「待ってました」とばかりに右腕を引き、腰を落とした状態から全身のばねを使って跳躍しながらの右アッパー。
「行ォ政ェ拳!!」
無敵対空技が決まってジャキは見事撃ち落とされた。
遠距離から指導拳で削り、相手が我慢できずに空中からの攻撃を仕掛ければ、無敵対空技の行政拳で撃ち落とす。「鳥かご戦法」と呼ばれる初期のスト2で猛威を振るった戦術である。
「ぎょうせいしどうを やぶらぬかぎり おまえに かちめはない!」