仲間割れ
「サザンクロスを、この町の防衛拠点に仕立て上げる」
そう宣言する山田アキラに、ジャキは訝し気な視線を投げかける。
「なんだその目は?」
二人の間の雰囲気が険悪なものに変わる。
いや、実を言うとずっと険悪なままなのだ。聖一色中学校でメイと揉めた際、ジャキが助けに入らなかったことで、アキラはジャキに対して何らかの疑念を持っていた。
その後、いったん体制を立て直すためにサザンクロスに向かう途上、高級セダンの後部座席での出来事である。
「別に……この目は生まれつきですよ。ヘンな言いがかりはやめてください」
アキラは沈黙をもってこの話題をいったん切る。非常時に仲間割れなどすべきでないことは分かってはいるが、膿を出し切った方がいいのか、継ぎはぎでもそのまま進んだ方がいいのか、その判断がつかなかったため保留することにした。
元々アキラはDT騎士団から見ても部外者。彼らとの間に信頼関係などないのだ。
「サザンクロスにはDT騎士団の下っ端を待機させてるよな?」
アキラが訊ねれば一応ジャキは返事をする。
DT騎士団の下っ端とはサザンクロスの一般ホストの事である。彼らは志を同じくするDT騎士団の構成員。魔法使いとその予備軍。つまりあの空間はただのホストクラブに見えてその実全員童貞というきっつい空間だったのだが、それは置いておこう。
その彼らを公共の一次避難場所に向かわせずにサザンクロスに待機させていたのには理由がある。
非常時に市民を守り『恩』を売ることで自身らの発言力をより強めようという考えだったのだ。そこまではまだいい。裏があれど、立派な善行である。問題はこの先だ。
「NPOで保護している女どもに、ありったけのウィッチクリスタルを与えるんだ」
まさか。ジャキは目を見開いた。
「メイが動き出した以上、ただの避難場所じゃインパクトが薄い。サザンクロスを起点に反転攻勢を示すことでより存在感を主張するんだ。あいつらにはそのための兵隊になってもらう」
保護している筈の女子供を、兵隊にするというプラン。幸いにしてアルテグラを抱えるサザンクロスにはウィッチクリスタルの在庫がある程度存在する。
しかしだからといってあまりにも危険すぎる賭けだ。
保護している女性や未成年に戦わせていたという事がバレればNPO法人としては致命傷にもなりかねない。
危険というのは当然戦う魔法少女自身もそうだ。直接的に悪魔との戦いで命を落としたり大怪我をする可能性もあるし、それよりなにより彼らは魔法少女が戦いの中で脳にダメージを受けることをよく知っている。
「本気か」
もはやサザンクロスは目と鼻の先になるところまで彼らは来ていたが、それでもジャキはその案に承服しかねていた。
「落ち着けジャキ。自分で何も決められない『弱者』を使って何が悪い? お前らが今までやってきたことと何が違うって言うんだ?」
「確かに俺達は今まで『弱者』をいいように利用してきた。だがそれは最低限奴らを『保護』するという建前あっての事だ。奴らを『盾』にするんじゃ話が違う。言い訳が立たない」
アキラはそれまでジャキの目を見ずに車の進行方向を見たまま喋っていたが、彼のこの言葉に振り向き、はっきりとジャキの目を覗き込みながら言い聞かせるように話し始める。
「いいか、『守る』だと? 『弱者』にそんな価値はない。利用するだけで十分だ」
「それでは最低限の『言い訳』すら立たないと言ってるんだ。俺達みたいな人間が『弱者』を支配し、導く。それが理念のはずだろう」
「それが本当に『弱者』ならの話だ。だが奴らは違う。生まれてから一度たりとも努力をしたことがない。何もせずにくちばしの中にエサが放り込まれるのを待ってるだけの怠惰な連中だ。
奴らは自分が弱者なのかどうかすら知らない。ただ不平不満を言うのに都合がいい立場だから『弱者』という立場に身を置いてるだけだ」
鼻と鼻がぶつかりそうなほどの距離でアキラは言葉を続ける。
「だったら望む物を与えてやるんだ。『弱者』でいることを望むなら、俺が『支配』してやる。いつまでも不平不満を言える場を与えてやる。その代わりに道具として使わせてもらうだけだ」
その瞳には狂気が宿っているように見えた。
「正気か……」
だが、彼にはアキラに逆らう権限は与えられてはいないのだ。
アキラとの間に主従関係はないものの、上司の夜王は彼に従うように指示している。たとえ疑念を抱こうとも、意見をしようとも、夜王からの特段の指示がなければ基本的にはアキラに従う。
ジャキは、納得がいかないながらも従うことにした。精いっぱいの不満の表れてとして、腕組みをして憮然とした表情で座り直すくらいである。
「着きました」
運転手に促されて二人は車を降りた。
いつものサザンクロス……とはいかないまでも、DT騎士団が守護する建物。悪魔の侵入など許すはずがないし、その要塞は堅牢であるはずだった。
だが何かがおかしい。妙に騒がしいのだ。正面のドアも開け放たれている。一体何があったのか? もしや今まさに悪魔の攻撃を受けているのか。
訝しんだ二人が駆け足で玄関まで行くと中から怒号と戦闘音が聞こえた。
間違いない。何者かの攻撃を受けているのだ。二人が不在の間も夜王と網場がここを守っているはず。
何者が暴れているのかと、建物の中に入ってみると、その中央にいたのは金髪の若い男だった。
「公安のスケロク様のお通りじゃいぃッ!!」