特別な恋
二十年の時を経て、戦う力を失った(最初から無かった)戦友。
一方初めての戦闘以来常に一番危険な最前線で戦い続けたメイ。
ではそのメイは衰えてはいないのだろうか。魔法少女になって二十一年。今年三十三歳になる中年女性。鋭さを保ち続けられる刃物などというものは存在しない。どんな名刀も、使えば刃が欠け、いずれは打ち直しが必要になる。
そのメイが、戦えなくなっていたのだ。
「ど、どうしちゃったのよ、メイ……」
キリエは飲み終わった缶ジュースをゴミ箱に入れてから、しゃがんでうずくまり、両手で顔を押さえているメイに声をかけた。
「た、立ち止まって冷静になったら……ちょっと……不安になってきちゃって」
何を不安になると言うのか。二十一年の間闇の中で戦い続けた歴戦の猛者が。
確かにここまでの大きな事件、社会現象となった状態で戦いの場に出るのは初めての経験である。そこに恐怖を感じているのか。今までの生活が変質してしまう事に。しかしキリエが聞いてみるとどうやらそれは違うようだ。
「どうしよう……コウジさんに嫌われちゃったかも」
キリエは大きくため息を吐く。まだその話を引きずっていたのか、と。
「あんたさぁ……今大変な時なの分かってる? 惚れた腫れただの、そんな事言ってるときじゃないのよね」
その通りなのだがこの女に言われるとムカつく。メイも今大変な時なのだ。そして基本的にメイにとって私生活と世界の平和は同列でありどちらが上、というものはない。
「だいたいあんただって男に振られるのも別にこれが初めてってわけじゃないでしょ? 今更なんでそんなことで落ち込んでんのよ。見た感じ別に大した男でもなさそうだしさぁ」
医者なのだ。今までの男は格が違う。というのは置いておいて、それを別にしてもメイにとってこの恋は特別なのだ。実は。
「違うのよ……こう、今までとは違うのよ、コウジさんは」
メイは立ち上がって続きを話す。気づいてみれば、彼女の顔は真っ赤になっていた。
「さっき……守りたいって言われた時ね……」
はて、そんなこと言っていただろうか、とキリエは首を傾げる。たしかにメイにコウジはそう言っていたし、キリエもそれを聞いていないのだが、正直言ってメイの恋愛模様に全く興味のないキリエははっきりとは覚えていない。
だがあれはメイにとっては実は得難い体験であり、初の出来事であった。今まで他人を守ることはあっても守られることはなかった。付き合ってきた男からも「こいつは強いから大丈夫」と思われてきた。要は『庇護対象』ではないのだ。この女は。
しかしいくら強いからといえどもメイも女である。
女として生まれたからには『誰かに守られたい』と思ったっていいではないか。たとえ実力差がありすぎて実際に守れなかったとしてもだ。
そうは思いながらも『叶わぬ夢』と思って封じ続けてきた密かな願望。そこに突如としてコウジが火をつけたのだ。
「こう……目がチカチカってして、脳がぐわーっとなってね、心臓がキュッとしたのよ! 今までそんな事なかったのに!!」
腰に手を当ててジト目でメイを見るキリエ。この女もメイの事を『鉄の女』だと思ってきた。まさかメイにこんな一面があったとは。
「メイ……それはね、恋よ」
「これが……恋?」
「感情が芽生え始めたロボットみたいになってるわね」
「で、でもキリエ! 私今までだって恋したことあるけど、こんな気持ちになった事なんて無かったわよ」
若干呆れ顔のキリエ。まさか三十三にもなってこんな話をすることになるとは思ってもみなかったからだ。
「今まであんた男をステータスとか顔で見てたでしょ? 恋愛の真似事してても今までのあんたはちゃんと『恋愛』できてなかったってことよ。これがあんたの初恋なのよ」
かなり強引な話ではあるがおおよそとしては的を射ている。幼い頃から一緒にいただけあって、反りは合わなくとも彼女は一番の理解者なのだ。
そしてその幼馴染に自分でも気づいていなかった自分の有様を見事に看破されたメイはようやくその置かれている状況に気付いて愕然としているようだった。
「これが……私の、初恋?」
「そうよ。今までの恋愛ごっことは違う。あんたはようやく『恋』が出来たのよ」
「ということは、私は、実質処女……」
それは違う。調子に乗るなこのババア。
しかし自分の状況を正しく認識できてメイはようやく立ち直ったようだった。「何をするか」がはっきりすればメイはとにかく強い。自分が何をすればいいか、何をするべきかの順序を即座につけて、実行できる女である。
「そうだ……私は、こんなことしてる場合じゃない」
「そうよ! やっと復活したわね! 早くユキくんの元に……」
「すぐにも戻って、コウジさんにこの真実を伝えなければ」
「おぉい!!」
なぜそうなるのか。
「そんなの後回しでいいでしょうがッ!!」
「私にとっては重要な問題よ」
基本的に公私に順序付けをしない女、葛葉メイ。
「大体あんた今更戻ってあいつに何を言うのよ? っていうかなんて言うつもりなのよ!」
「え? だから、あなたが私にとっての初恋なんです、と」
いきなりそんなこと言われても困惑しかないだろう。しかも直前に『前の男』が赤裸々な過去を語ったというのに。
「つまりぃ……私は実質処女なので安心してください、って」
言いながらメイは激しく首を傾げ、視線は宙を彷徨う。
我ながら言ってることに無理がある。さらに言うなら唐突過ぎるとは思っているのだ。
「ホラ、言いたいことが全然まとまってないじゃない!」
「言われてみれば、今戻ってもそんなに言う事ないわね……」
ふう、とキリエは一息ついた。一時はどうなる事かと思ったが、何とか話がまとまりそうである。
「だからね、ユキくん探しながらでいいから。悪魔ぶっ殺しながらでいいから何言うか考えよ?」
そんな「ながら」で殺される方はたまったものではない。




