ギルティ
「葛葉メイ……さんかぁ」
堀田コウジは歩きながら出てきたマンションに少しだけ振り返る。
「綺麗な人だったなぁ……あんな人と付き合えたら、最高だろうなぁ」
再び夜の暗闇の中を歩き始める。
そのコウジの後姿を人知れず監視している者達に気付く人間はいなかった。
「あの男か……なかなかの素材だな」
「時が来れば我らの仲間に是非引き入れましょう……」
――――――――――――――――
「……そんな状況だったからね、コウジさんの事を紹介してくれたスケロクには本当に感謝してるのよ。やっぱり持つべきものは幼馴染みね。ロリコンだけど」
「ロリコンは余計だ……にしてもよっぽど堀田先生の事が気に入ったんだな」
「先生? まさかコウジさん、弁護士とか? なんか人を助ける仕事とか、人間の汚いところを見せつけられるとか言ってたし! ねえ、いい加減彼のこと教えてよ」
「しまった」という表情でスケロクが口を押える。
「うるせえな、本人から口止めされてんだよ。聞きたきゃ本人から聞け」
二人の話は尽きることがなく、合コンの反省会というべきものか、テーブルを挟んで残った酒を飲みながら会話を続けていたのだが、しかし三人の少女はそれを遠巻きに、震えながら見ているだけであった。
なぜか。
同じテーブルの上で今まさに惨劇が繰り広げられているからだ。
「ちょ、ちょっと、暢気にそんな話してる場合じゃないと思うんですけど」
「ふん、私はせいせいしたけどね」
アスカがたまらず二人の会話に割り込んだが、マリエは何故かにやにやと笑っている。
「私達のマスコットがガリメラに食べられちゃったんですけど!?」
まさかそんなことはないだろうとは思っていたのだが、ガリメラは何の躊躇もなく隣にいた小動物、ルビィをエサにしてしまったのだ。今はごりごりと骨を咀嚼している。さすがメイに長年付き添って死体処理をしてきた相棒である。証拠になる物は何も残さない。
「ああ、ごめんなさいね。うちの子が」
「犬が吠えた」くらいのリアクションである。
「変な時間に呼び出しちゃったからきっと食事だと勘違いしちゃったのね」
「せいせいしたわよ、この畜生、いてもあんま役に立たなかったし」
相変わらずマリエの方はルビィについては執着していないようである。完全にガリメラが捕食を終え、血のりをべろべろと舐め始めると、ようやく気が落ち着いてきたのか、汗を拭ってからアスカが改めてメイに訊ねる。
「この化け物……ガリメラは、喋らないって言ってましたけど、じゃあどうやって先生をサポートしてくれるんですか?」
「サポート? 武器を出してくれたりはしてくれるけど……」
メイが小首を傾げながらそう答える。
そういえばメイがガリメラの口の中からメイスを取り出すところはアスカも見ている。
「そ、それだけなんですか? ルビィは敵が現れるとその気配を察知して教えてくれたりしてましたけど……あっ、そういえばこれからはどうやって敵の気配を察知したらいいんだろう……」
「敵の気配か……そういえばそれくらいならガリメラも……」
と、話しているとガリメラがどさりとテーブルの上から落下した。
「ギ、ギエェェ……」
「始まったわね」
何が始まったのか。
「ギィィ、ギィ……」
ガリメラが苦しそうに呻く。アスカ達三人はその異様な姿に怯えているが、メイは「いつものこと」といった感じで落ち着いている。
「ギギ、ギルティィ……ギルティイィィィ……」
口の端からぶくぶくと泡を吐き、白目を剝きながら悪魔のような、としか形容のしようのない恐ろしい鳴き声を上げる。
「ガリメラが悪の気配を感じたわ。悪魔が現れたわね」
「ギルティィィィ……」
のたうち回りながら、這いずって、一点を見つめて悪魔のうめき声が続く。
「ちょうど学校の方向ね」
「ガリメラ自身の悪の気配が凄いんですけど」
「もうちょっとこう……こう……」
「これマスコットって言えるの?」
三人は戸惑いながらも、シャツの襟首から水晶のついたネックレスと取り出して、声を合わせて叫ぶ。
「ウィッチクリスタル!!」
あっという間に三人は光に包まれ、その姿がそれぞれ白、赤、青を基調とした魔法少女の姿に変化する。
「あなた達、まだ戦うつもりなの?」
メイの問いかけにアスカ達三人は、真っ直ぐ彼女の目を見て答える。
「ルビィが居なくなっても、私達が魔法少女なことに変わりはないですから」
「ま、乗り掛かった舟だからね」
「私は、戦いを通して変わりたいんです」
その力のこもった眼差しを見て、小さくため息をついてからメイは立ち上がる。
「仕方ないわね、『保護者』として私も黙ってはいられないわ」
「メイ先生は、変身しないんですか?」
アスカの問いかけに、メイは首を傾げる。
「変身? 家に帰って着替えてから行くつもりだけど? 私が着くまでは危険なことしないでね」
「マジか……着替えてるのか、あの服装……」
なんとなく釈然としない気持であったが、この女に異論を唱えたところで何も解決しない。アスカはため息をついてから、さっきメイがあけた窓を再度ひらいて、外の様子を確認する。
「じゃ、私達は先に」
そう言うなり窓から飛び出して夜の闇の中に消えていく。続いてマリエとチカも彼女のあとを追っていった。
「じゃあね、スケロク。今日はありがとう。
そういえば、あんたの事情は聞いてなかったけど……まあいいわ」
「ああ、俺も片づけが終わったら後を追うぜ」
そう言ってテーブルの方を見る。テーブルの上にはべっとりと血のりが、その下にはガリメラのよだれがべとべとに付着していた。
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「お母さん、どうしたの?」
「いや……」
アスカ達の通う中学校の付近、壮年の美しい女性と、まだ小さい、小学校高学年ぐらいの、少女と見紛うような可愛らしい少年が道を歩いていた。
おそらくは親子であろう。
母親が何かに気付いたようで立ち止まって空を見上げ、怪訝な顔つきで少年がそれを見上げる。
「早く帰ろう。ミユリとお父さんが家で待ってるよ」
「そうね……でも……」
少年は帰宅を促すが、母親はまだ何かが気になるようで険しい顔つきで空を見上げている。
「何かが近づいている……なにか、邪悪な者が」
年に似合わぬ、まるで中二病患者のような事を口走る母親。少年は何が何だか分からない、という表情である。
不意に、空が暗くなった気がした。
この季節、晴丘市にはほとんど雨は降らないのだが、星が黒く濁った気がしたのだ。
「見つけたぞ」