シャイニングウィザード
「私の領域で、好き勝手はさせない」
まだ構えを解かないまま、メイは宣言した。
一方のオークは目を見開き、片膝をついた状態で脇腹を押さえている。呼吸が止まり、脂汗が吹き出す。瞳孔が開いてこの絶望的な状況からの打開策を探そうとするが、しかし呼吸すらままならない状態でいったい何が出来ると言うのか。
「す……すごい、メイちゃん」
相変わらず腰を抜かしたままのキリエは状況についていくことが出来ない。ついていけたところでアンモニア芳香剤と化した彼女に出来ることなど何一つないのだが。
メイは当然この程度で手打ちにするつもりなどないし、この好機を逃すような間抜けでもない。
速攻で間合いを詰め、そしてオークの片膝を踏み台にして、それまで高低差がありすぎてアプローチできなかった頭部への切符を手にする。
そのまま膝を登り上がる勢いを利用しての全体重と体のばねを利用した膝蹴りをオークの顎に叩き込みながら跳び上がったのだ。
「シャイニングウィザードッ!!」※
※伝説の魔法少女ムトーケージが得意とした、魔法少女に伝わる四十八の殺人技の一つ。メイが使える技の中で最も魔法少女っぽい名称の技。
おそらくは手が届いたところでメイの渾身の右フックを叩き込んだところでオークの丸太のように太い首の上に鎮座する脳を揺らすことは出来なかっただろう。
だがこの技は根本的に違うのだ。助走した分の勢いにプラスして全身のばねを使っての膝蹴り。オークの下顎を叩き割り、同時に鈍い音を響かせながら頸椎を破壊し、一撃でその命の弦を途絶えさせたのだ。
ずしん、と重い音を響かせて仰向けに倒れるオーク。その巨体を飛び越えてかすかな音と共に着地するメイ。
「ひ……」
その鬼神の如き戦いぶりにキリエは息を呑む。彼女の勝利によって自分の命が繋がったのだが、それを喜ぶ精神的な余裕すらなかった。
「ば……バカニャ」
これに一番驚いたのはもちろん黒猫のフェリアであった。
正直言うと二人を置いて自分だけは逃げることも視野に入れていた。唯一戦える存在だったはずのキリエが失禁して腰を抜かし立つことすらできない状況、もはや万事休すと思われていた状態でのメイの行動。
魔法少女でも何でもない十二歳の少女がこれほどの戦闘能力を有しているというのも思いもよらぬことではあったが、しかしその身体能力、戦闘技術よりも注目すべきはその高い精神性であった。
あまりにも強く、気高い。
何とかしてオークのご機嫌を取って穏便に済ませようとしていた幼馴染の言葉を無視し、既に殺され、食われてしまった名もなき一般市民の無念を晴らすため、鋼鉄のような強い精神で立ち向かったのだ。
対して油断、驕りのあったオークは、相手の戦力を実力に見合ったものに見積もりしなおす事すらできずに敗北した。
凄まじい手数の攻防戦であったが、実際には十数秒の邂逅。互いの制空圏に入ってから一度も出ることなく、戦術の立て直しを許すことなく、膠着することもなく、ファーストインパクトで倒しきったのだ。
総合力で言えば明らかにメイの方が二枚も三枚も下であった。
それを覆すには実力を見誤って安易な攻撃方法に出たオークに絶対に「立て直し」はさせられない状況。
それを理解しているからこそ、メイは最初の攻撃から一度も敵の間合いから出ることなく決着を急いだのだ。
(ハカセ……ハカセ)
フェリアは目をつぶって念話によって白衣の女性とコンタクトをとる。白衣の女性はどうやらメイ達と悪魔が接触し、これを撃破したことは知っていたようだったが、細かい点末までは知らないようだった。
(違うニャ。倒したのはキリエじゃなくてメイの方だニャ。魔法も使わず、己の肉体だけでオークをブチ殺したニャ)
しかし結局魔法の才能の無いメイにウィッチクリスタルが与えられることはこの先もなかったが、代わりに丈の合わない衣装は新しい物と取り替えられ、その後も彼女の成長と共に、そして破損するたびに新しい物が黒猫マークの郵送便で送られてくることとなった。
「見て、メイちゃん……」
オークの死体を貪り始めたガリメラをメイが放心状態で眺めていると、キリエが声をかけた。
「ほら、ウィッチクリスタルの変身を解いたら汚れた衣装から綺麗なままの普段着に戻れたわ。これでいつ失禁しても大丈夫」
魔法少女は普通失禁などしない。
「こいつはダメだな」という表情でメイは親友を眺めた。
実際この先も十年弱二人は魔法少女としての活動をコンビで続けていくこととなるのだが、基本的に戦闘はメイに任せっきりで、キリエはほぼ賑やかし要員。たまにタイミングがあればとどめを刺すためだけに魔法を使うことが数ヶ月に一度ある、というような役割分担であった。
そう、キリエには最初から戦う力などなかったのだ。時は二十年後に戻る。
別にブランクのせいでも加齢による体力の低下でもない。最初の最初からこの女が戦闘で役立ったことなどないのである。
それでもメイはこの非常時には「無いよりはマシ」と考えたし、何よりも「自分の息子を助け出したい」という親子愛に賭けたのだが……正直言って失敗だったかもしれないと、自販機でジュースを買って喉を潤している元相棒を見ながら後悔していた。