ぱつぱつ
「いやあ、試作品があってよかったデス。よく似合ってますよ。パツパツですけど」
パツパツである。
「パツパツだニャ」
パツパツなのである。
「メイちゃんパツパツだねえ」
パツパツなのだ。
不承不承、葛葉メイ十二歳は白衣の女性に促されて、更衣室でうなぎパイの紙袋に入れられた魔法少女の衣装に着替えてきた。
キリエの方はウィッチクリスタルで変身ができたというのに、何故自分は更衣室で着替えなければならないのか。釈然としない。釈然としないが、しかし問題はそこだけではなかったのだ。
「パツパツなんですけど」
そう。パツパツなのだ。
おそらくはキリエが着ている物か、もしくはウィッチクリスタルの試作品としての魔法少女の衣装。当然ながら少女向けに作られた代物である。
しかし葛葉メイは十二歳のこの時点ですでに身長百六十一センチメートル、胸もCカップある。はっきり言って成人女性と並んでも遜色ないレベルの体格を手に入れているのだ。
そのメイに、子供向けの魔法少女の衣装。
というか魔法『少女』なのだから子供向けなのは当たり前なのだが、キリエと対称的な黒を基調としたその衣装は胸も丈もぱっつぱつであった。
魔法少女にしてはけしからんほどに強調された胸、パンツが見えそうなほどに短いスカート。しかし「煽情的」というよりは「みっともない」という感情が先に立つのは顔にまだ幼さが残るせいか、それとも丈の合わない衣装に居心地の悪さを覚えている表情が丸分かりなせいか。
メイは一言も言葉を発さない。
「ああ……その……」
なんともいたたまれない気持ちになるキリエ。親友の心を落ち着けようと言葉を探す。
「お似合いだよ、メイちゃん」
「煽ってるの?」
メイは静かに怒りを燃やす。
とはいうものの、別に金を払ってるわけでもない。形式としては「厚意」で貰っているものなのだからあまり強くも言えない。しかしキリエとの待遇の差には釈然としない。なんとも言えないアンビバレンツな感情。
「その、ですね。それも試作品とはいえ、魔法少女衣装の端くれ。結構な能力もあるんですヨ」
「端くれ……」
言葉の節々に反応してしまうメイ。大分重症である。
「ええ。運動能力の向上だとか、多少悪魔の攻撃から身を守ってくれますし……あと、そうだ。縁結びのご利益があるんですヨ」
縁結びの効果は無かったことが、後の二十年で明らかになる。
「ふぅん……」
やはりメイの気が上向くことは無かったが、しかし何とか納得したようだ、と白衣の女性は判断した。そうと決まればこのいたたまれない空気を早くどうにかしたい。
「じゃ、じゃあそういう事で。今日はもう暗くなっちゃいますし、帰りましょうか。もし悪い奴らが現れた時は、フェリアが教えてくれますから……」
「私のは?」
しかしメイは納得などしていなかった。
「へ? ……なにがデスか?」
「私のマスコットは?」
「…………」
そう。
マスコットがいないのだ。
しかし、マスコットは一人につき一匹とは限らない。たしかに一人につき一匹つく場合もあるのだが、しかし大抵の場合はグループ単位で担当することが多い。最近ではそれが人間に変身したりもする。フェリアは出来ないようであるが。
それはさておき。
メイはマスコットを欲したのだ。せめてもの慰めに。百歩譲って衣装はいいとしよう。キリエが演技過剰な変身アクションを取っている隣で物陰に隠れてごそごそ着替えるのもまあいい。我慢しよう。
だが、我慢しっぱなしは出来ない。そこは譲るから、別のところで何か代わりが欲しいのだ。
しかし衣装と違ってこちらは簡単に用意できるものではない。白衣の女性はフェリアの方をちらりと見る。
「ぼ、ボクはダメだニャ」
即座に拒否。キリエからメイのサポートに乗り換える気はないようである。
「魔法少女のサポートとして作り出されたのに……あ」
フェリアの言葉を聞いてメイは俯いて自分の服装に目をやる。
「やっぱり……私魔法少女じゃないんだ……」
めんどくさい女である。
「ああ……ハカセ、そう言えばこないだのアレ……まだいるかニャ?」
フェリアの言葉に白衣の女性は何のことか分からずしばらく考え込んでいたが、何かに気付いたようでハッと上を向いた……のだが、またすぐに俯いて考え始めた。
「いや……確かにアレはマスコットっぽいというか……魔法生物っぽくはありますが……あんなわけの分からない化け物を子供に与えていい物か……」
とてつもなく不穏なセリフを吐く。
「招かれざる客を処分するいい機会だニャ。招かれざる者には招かれざる者を。丁度いいニャ」
「うむむ……」
相変わらずメイは無表情で俯いたまま不動であるが、しかしこの二人に自分が軽んじられていることは分かるし、この先ろくでもないことが起きるのだろうという事もなんとなく分かる。
白衣の女性は腕組みをしたまま唸りながら奥の部屋の方に歩いていった。
がちゃん、がちゃんと大きな金属音……おそらく鍵を開けた音か何かなのだろう。戻ってきた白衣の女性の周りに奇妙な浮遊物体がまとわりついていた。
「ギェェェェ……」
「ひっ……」
思わずキリエが小さな悲鳴を上げた。
女性が連れてきた生き物は見たことも無いような化け物だった。コウモリのような羽に黄色いバスケットボールのような球体の身体。胴体の中心には巨大な一つ目がギョロギョロと動いており、そのすぐ下には乱杭の鋭い牙を備えた大きな口が裂けている。どう見てもこの世の生き物ではない。
「久しぶりに檻から出したからテンション上がってるみたいですネェ」
その化け物はしばらく室内をぐるぐると飛び回った後、彼女たちの話を聞いていたのか、はたまたただの偶然なのか、メイの肩に停まった。
「ギエ、ェェェ……」
「ふんぅ……」
超至近距離で握り拳ほどもある巨大な単眼とメイの死んだ魚のような瞳が眼鏡のレンズを挟んで交錯する。メイはその血生臭い呼気に思わず呻き声をあげた。
「ま……マスコット……?」
キリエからはその存在に疑問を呈す言葉が漏れる。
完全に魔法少女のマスコットになるようなメルヘンな存在ではないし、なんなら未成年に近づけていい様な生き物ではない。その邪悪な外見にメイの気持ちはますます重いものとなった。
「その子の名前はとりあえず『ガリメラ』ってつけました。可愛がってあげてくださいネ」
「えぇ……」
納得いかないながらも、もはやメイは抵抗する気力すら失ってしまった。
なにより最初にゴネて出てきた魔法少女の衣装がぱつぱつ。次にゴネて出てきたのがこのガリメラ。これ以上ゴネてさらにややこしいものを出されたりしたらそれこそもう十二歳の少女には対処できないと考えたからだ。
ぽん、と喜色満面、ウィッチクリスタルと喋る仔猫のマスコットを手に入れた親友が肩を叩いて話しかけてきた。
「お似合いだよ、メイちゃん」