変身
「ほらほら見て、綺麗な色でしょウ?」
その石は透き通ってキラキラと輝いていた。一見して水晶のような石だが、その透明度と輝きはダイヤモンドのようだ。
「この石はなに?」
ネックレスに加工されているその石を白衣の女性から首にかけられたキリエが、石を弄りながら尋ねる。
「ウィッチクリスタル」
「聞いたことのない石ね」
「当たり前だニャ」
キリエと白衣の女性の会話にフェリアが挟まってきた。
「その石が、我々『アルテグラ』が作り出した魔法少女になるためのキーストーンだニャ。それを使って魔法少女に変身し、消費した魔力を回復させることが出来るニャ」
「えっ!? じゃ、じゃあ! 魔法少女に変身とかできるの!? 魔法も使える!?」
フェリアと女性は顔を見合わせた。
「いやあ、ノリのいい子ですねェ。話が早くていいデス」
「もちろん出来るニャ。変身や魔法のコツは強く、具体的にイメージする事ニャ。強く願い、鮮明に思い浮かべる。あとは才能があれば基本何とかなるニャ」
フェリアは体格から見てまだ生後半年も経っていないような仔猫に見えるが、妙に貫禄がある。キリエはフェリアの言葉を聞いてからゆっくりと目を閉じて胸に提げられたクリスタルを包み込むように両手で大事そうに握った。
しばらくゆっくりと深呼吸をしているとぼんやりとウィッチクリスタルが光りはじめ、風も吹かないのにキリエの髪が風に吹かれるようにふわふわとざわめきだした。
(本物だ……ッ!!)
正直メイは半信半疑であった。いや、猫が喋ってる時点でもうかなり現実離れしてはいるのだが、しかしいくら何でも魔法少女だとか魔力だとか、そんな事があるはずがないと思っていたのに。目の前で科学では説明のつかないことが置き始めたのだ。
「ウィッチクリスタル! チェーンジッ!!」
唐突にキリエが叫ぶ。全員がびくりとする。
たいして足に力を込めた形跡もないのにキリエはその場に飛び上がり、そして風に吹かれるたんぽぽの綿毛のように宙に浮き、ゆっくりと回転しながら体がまばゆい光を放つ。
もう疑いようがない。『魔法』が発生しているのだ。みるみるうちにキリエの服装が普段着から魔法少女の衣装に変化していく。
キラキラと光を振りまきながら、あっという間に真っ白なフリフリのピンクハウスみたいな衣装に変化してからキリエは着地した。
「すごい!! 本当に変身してる!!」
「ま……まあ、別に叫んだり飛んだりする必要はないけどニャ」
「大分演技過剰でしたけど……まあいいんじゃないですか? 次からはもうちょっと小さい声でやってくださいネ」
フェリアはたしかに「強く念じればいい」とだけ言っていたのだが。こういうのは何よりも『雰囲気』が大事なのだろう。衣装もおそらくはキリエが最も強くイメージする『魔法少女』なのだ。
「魔法はどうやって使えるの?」
「それも同じニャ。敵を攻撃するイメージ……炎でも雷でも、自分が一番イメージしやすい物を強く念じることで攻撃できるニャ。あんまり突拍子もないものでなければ大抵のことは出来ると考えていいニャ」
「す……すごい」
興奮で手がわなわなと震えているキリエ。今にもそこらに魔法をぶっ放しそうな勢いである。
「て、敵……敵はどこに!?」
「ぼ、ボクに悪魔の出現を感知する能力があるニャ。その都度教えるから今は落ち着くニャ」
どうやらフェリアもキリエが異様に興奮しており、危ない状態だという事には気づいたようである。
「そ、そっか……じゃあ、フェリア。あなたが私の相棒……魔法少女のマスコットになるってことね」
「ま、まあそういう事ニャ。これからよろしく頼むニャ」
「私は?」
水を差す。
大層盛り上がっているキリエとフェリアであったが、そこに水を差したのはメイであった。
「私のウィッチクリスタルは?」
白衣の女性も、黒猫のフェリアも。そして魔法少女の衣装に身を包んだキリエも。誰も一言も言葉を発さない。
その様子に、メイもなんとなく状況を察する。
そうだ。
自分の分は無いのだ。
だがそれを認めるわけにはいかない。
『カースト』というほどの確固たるものではないものの、自分の社会的地位がキリエよりも低い事は分かっている。
だが少なくとも名目上、メイとキリエは対等な友人なのだ。
だというのに、キリエにだけウィッチクリスタルがあって、メイにないというのはどうにも受け入れがたい状況である。
だから無いと分かっていても、なお要求するのだ。
「私の分のウィッチクリスタルは?」
やはり誰も喋らない。しかしメイも一歩も退かないのだ。
「私。魔法少女」
なぜかカタコトになる。しかし無いものは無い。
しばらく思案した後、白衣の女性がペタペタとサンダルの音をさせながら奥の方に歩いていって乱雑に資材の置かれた山を漁り始めた。
無いものとばかり思って半ばあきらめていたメイは安堵のため息をつく。
しかしメイの安心は次の瞬間粉々に打ち砕かれることとなった。
白衣の女性が持ってきたものは、紙袋だったからだ。
無言で紙袋を持ってきたのである。そして、そのうなぎパイの紙袋からは黒い布がはみ出して見えている。
メイもそれでなんとなく察した。
やはりウィッチクリスタルはないのだ。そこで白衣の女性がギリギリの妥協点として持ってきたものが、おそらくは魔法少女の衣装。クリスタルはないが、魔法少女の気分なら味わえるぞ、と。
メイは無言で差し出されたうなぎパイの紙袋を仕方なく受け取る。他にやりようがないのだから。
しかしなぜ無言なのか。無いなら無いとはっきり言って謝れば済む話なのに。これではメイの方も示しがつかない。はっきりと「おまえの分など無い」と言われればせめてひとしきり切れて、暴れて、留飲を下げることが出来るというのに、これではそれもできない。
「どうやって変身するんですか?」
せめてものメイの抵抗。
しかし白衣の女性はこれまた無言でメイの後ろを指差した。
先ほどメイとキリエが入ってきたドア。まだ明けたままになっているそのドアの、さらに向こうを指差したのである。
メイが視線をそちらにやると、ここまで来た途中の廊下に繋がっていたいくつかの部屋のドアが目に入った。そしてそのドアの前にある表札も。
― 更衣室 ―