再会と別れ
その少女は、もはや生きる気力を失っているようだった。
「わたしは、退屈な日常から抜け出して、正義のヒーローになれるんなら、って。ちょっとした冒険心で魔法少女になっただけだったのに……」
背負われてる少女の声を聞きながらも、スケロクは歩みを止めない。
「幼馴染みの変化にも気づけず……マリエが抱えてた絶望を見ようともせず。こんな体たらくでヒーロー気取りだったなんて」
スケロクは、行先を避難場所の学校から変えていたが、絶望に感情を支配されたアスカは気付いていないようだった。
「誰も助けられない、誰にも愛されることもない、こんな奴にヒーローどころか、生きる価値だって、ないんです……」
「バカなことを言うな」
そう言ってスケロクはアスカを背中から降ろした。
「ここは……?」
ついた場所には見覚えがあった。
見覚えがあるどころではない。最近は帰っていなかったが、間違いなく自分が生まれ育った生家だった。
「この間サザンクロスに行くときに言いそびれたことがあったんだ。お前が、どれだけ父親に愛されてるかって事を。それを……」
そう言って門に手をかけて、スケロクの表情が険しくなった。すぐに塀の影に隠れてズボンのベルトに挟んであった拳銃に手をかける。メイに渡したのとは別の、予備の銃である。
「何かいるんですか……?」
「静かに……」
異常にはアスカもすぐに気づいた。というか、その『異常の大本』には隠そうという気がないのか、家のリビングに電気がついていたのだ。
家主の白石浩二はとっくの昔に避難所に移動しているはず。電気を消し忘れたのか、それとも何者かが……
アスカに建物の陰に隠れるように無言で指示し、腰を落としてドアの前に構える。突入時には普通はドアを蹴破るが、玄関の頑丈なドアは強度があるし、手前に開く仕組みになっている。
オートマチック銃のスライドを引き、ドアを開けると同時に中に銃を構える。
「ひっ……」
「!?」
銃を向けた先には全くの予想外の人物がいた。誰かが来ていたことには気づいていたのか、玄関にまで来てはいたが、しかし突如として銃を向けられて息を呑んで驚いている小柄な少女。
「スケロク、様……」
「ユリア!!」
どんな運命のいたずらか。少しのボタンの掛け違えで会う事の出来なかった二人がまさに唐突にその姿を突き合わせることになったのだ。互いに抱きしめ合い、涙を流す。
サザンクロスでニアミスはしたが、しかしこうやって言葉を交わし、触れ合うのは二人が愛し合っているにもかかわらず、これが初めての事である。
「ユリア、本当に……本当にすまなかった」
もし彼がダッチワイフを不法投棄するようなことが無ければ、事態はここまで複雑にならなかったかもしれない。
ユリアはその謝罪には応えず、ただひたすらにスケロクの体を抱きしめた。「もし」の話など意味がない。ユリアが意識を持ち始めたのはその後なのだから。
「ユリアさん……なんで、ここに?」
完全に取り残されていたアスカが恐る恐る尋ねる。
二人は涙を拭って、名残惜しそうにようやく互いの体を離した。年齢差と体格差から見ると、二人の関係は親子のようにも見える。
「はい、実はユキさんとサザンクロスから脱走して隠れてたんですけど……」
『やっぱりな』というアスカの表情。思った通りサザンクロスの最上階から身投げしたと思われていたユリアは救助され、身を隠していたのだ。
「黒猫の……フェリアさん、ですか? 彼がユキさんの隠された力を引き出して、異世界から悪魔を召喚し始めたんです」
「フェリアが?」
スケロクが訊ねるとユリアはこくりと頷く。
元々あの黒猫からは不穏な雰囲気を感じ取ってはいたが、まさかこの異常事態の直接の原因だとは思っていなかった。
「まずいな……メイとキリエは、フェリアに連れられて行ったんだぞ。一体何を企んでいるのやら……」
メイとキリエはまだ当然この事実を知らない。気づいているかどうかは分からないが、この件の黒幕に連れられて、事件の解決のために町を走り回っている可能性がある。フェリアがもしこの町の完全な破壊を目論んでいるのなら、一番の障害になるのは、間違いなくあの二人だ。
「それで、なんでわたしの家に?」
「すいません、勝手に入ってしまって。危険だから逃げるように言われたんですけど、私の知ってる場所って、サザンクロス以外にはここしかなくて……」
浅間神社で発見されてからサザンクロスに拉致されるまでの少しの間、白石浩二に保護されて過ごしたのがこの家であった。
蜘蛛の糸のように頼りないユリアのライフライン。それを辿っていって、奇跡のような偶然が積み重なり、とうとう二人が相まみえることになったのだ。
「いいえ、これはきっと奇跡なんかじゃありません」
ユリアは穏やかな笑顔を浮かべた。
「アスカ……」
しばらくじっくりとユリアの顔を見つめた後、スケロクはアスカに声をかけた。
「頼みがある」
「頼み……?」
先ほどの、どん底の状態からはアスカの精神状態は幾分か回復したように見える。理由は明らか。ユリアの存在だ。
どんな時も明るい彼女の性分、それに二人の再会を喜ぶ姿に、救われたのもあるのだろう。
しかし一番大きいのは『守るべき存在』ができたことだ。たとえ彼女自身がそれを否定したとしても、やはりアスカは魔法少女。守るものがあれば強くなれる。たとえそれが仮初めの物であったとしても。
「ユリアを頼む。避難所まで連れて行ってやってくれ」
「……スケロクさん、は?」
当然の疑問である。
「サザンクロスへ行く」
「一人でですか? なぜ!?」
当然ユリアは抗議の意思を示す。ようやく念願かなって二人が合うことができたのに再び離れ離れになるなど受け入れ難い。仮にこれを受け入れるとしても、彼女としてはサザンクロスなどどうでもいいのだ。
「そんな奴らよりも、ユキさんを助けてください! ユリアも手伝います! みんなで協力すれば……」
話の途中で手のひらをユリアの方に向けて、言葉を遮る。
「そんな人的余裕はない……ユキはメイとキリエが救助に向かってる。大丈夫だ。それより、今この状況で奴らに横やりを入れられるのが本当にまずいんだ」
「それにしたって、一人でやるっていうんですか!!」
アスカもまた抗議の意思を示す。この男が既に体力の限界なのは彼女が一番よく分かっているのだ。
そして同時に、自分達では、彼を止めることが出来ないことも。
ユリアは、一歩前に出て真っ直ぐにスケロクと視線を交わした。
「どうしても、行くんですね……」
「ああ。どうしても、だ」
「ユリアさん、スケロクさんの身体は、とてもじゃないけど戦えるような状態じゃ……」
しかしアスカはその言葉の先を告げることが出来なかった。二人の、覚悟の据わった表情に気圧されたのだ。
言葉を交わすのすら今日が初めてのはず。しかし二人の間にはたしかに『信頼』があった。
「ユリアは、ずっとスケロクさんの事を待っています……何か困ったことがあったら、これを見てユリアを思い出してください」
ユリアはスケロクの手を取って何かを握らせるような仕草をした。
「辛かったら、いつでも戻ってきてください。ユリアはいつまでも待ってますから」
その「何か」を受け取ってズボンのポケットに入れると、スケロクは身をかがめてユリアの唇に軽く口づけをした。
「アスカ、ユリアを頼む」