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マリエ

「死体……こりゃ、いったい……?」


 リビングの窓は開け放たれているが、部屋の明かりはついていない。月明りのみの薄暗い状態であるが、たしかに庭先には二人分の死体が埋まっていた。


 一瞬マリエかとも思ったが、ぱっと見た感じでも死後数ヶ月は経っている腐敗具合。この二人はいったい何者なのか。


「わたしね……マリエとは、幼稚園からの幼馴染だったの」


 ゆっくりとアスカは語り出した。


 この異常な状態に戸惑っているスケロクではあるが、流石は公安と言うべきか、すぐに冷静さを取り戻し、アスカを安心させるため、隣に座って彼女の話を聞く。さらにその隣には悪魔の死体が転がっているが。


「なんで気付いてあげられなかったのか……マリエが魔法少女を続けていたのには、理由があったの」


 スケロクはちらりと庭先を見た。


「そこの遺体と何か関係があるのか?」


 アスカは力なく頷く。


 まとなりなく、ぽつぽつと話し続けるアスカ。まだ心が落ち着かないのか、いまいち要領を得ない喋り方ではあったものの、要点としては、どうやら遺体の二人はどうやらマリエの両親であるらしい。


 なんとなくは予想はついてはいたものの、それでもスケロクは自分の予想が外れることを祈りつつアスカの話を聞く。


「魔法少女になって、夜に外出することが増えて、元々両親と折り合いの悪かったマリエは度々衝突してたらしいの……もしかしたら、もうその時にはマリエは正気じゃなかったのかも」


 相変わらず空中の一点を見つめたままアスカは話を続ける。その瞳には哀しみの色は見えないが、それと同時にどんな感情も読み取れない。ただただ、虚ろだ。


「ある日、マリエは怒りに任せて二人を魔法で殺してしまったの……もう、その時にはマリエは普通の状態じゃなかったのかもしれない」


 元々直情径行な傾向の性格ではあったらしい。それが偶発的なものだったのか、それともすでに脳に異常が発生していたのか、そこまでは今となっては分からない。


「一人で絶望し、途方に暮れていると、どこからともなくルビィが現れて、マリエに話しかけたらしいの」


 ルビィとはアスカ達三人をサポートしていた魔法生物であるが、偶発的な事故によりガリメラに捕食されてしまった。


 アスカ達三人にウィッチクリスタルを渡し、正義のために悪魔と戦うよう指示した魔法生物、ルビィ。しかしその魔法に副作用が存在することなど一切説明はなかった。黒猫のフェリアにしたって同じである。あの魔法生物が一体どこから来たのか、何者なのか。スケロクはそれを知らないが、しかしどうも彼らの動きには邪悪さというか、胡散臭いものを感じざるを得ない。


「ルビィが言ったんだって。もし、悪魔達を全部倒してくれたなら、願いをなんでもかなえてあげる、って」


「なんでも……?」


 思わず聞き返す。


 そんな精神状態で甘い言葉をかけられれば、何を考えるのかは本人に聞かずとも分かる。


 両親を殺害してしまったことを無かったことに。出来れば二人を生き返らせてくれと、そう願うに決まっているのだ。


「そして、悪魔を倒すために、魔法を使うことを強く推奨したって……」


 結果として、すでにスケロクとマリエ達が合コンをした、ルビィがガリメラに食われてしまったその時、マリエはすでにルビィに何を願ったのか、それすら覚えていなかった。副作用の記憶障害である。


 結果的にマリエはルビィにいいように騙され、利用され、自分を傷つけながら、訳も分からずに悪魔達と戦い続けていたことになる。


 その戦いもメイの登場により終焉を告げたのだが、他の二人と違ってマリエだけは日常生活でも魔力を使い続けた。副作用があることも知らず、大して重要でもない事に不用意に魔力を使い続けたのだ。


 その結果どうなったのか。マリエはいったい今、どこにいるのか。


 スケロクは開け放たれているリビングの奥に目をやった。


 荒れ放題の家の中。月の光も届かず、暗くてよく分からないが、なんとなく血生臭い香りがする気がした。庭の遺体とは違う、新鮮な血の匂いが。


「わたしね、マリエがそんなことになってるなんて全然知らなかった。小さい頃から一緒にいる幼馴染みだっていうのに」


「もういい、もういいんだ、アスカ」


 ゆっくりと彼女の肩に手を回し、落ち着ける様に優しく抱きしめる。アスカはそれに抵抗することなく、しかしスケロクに身を預けるでもなく、やはり虚ろな目のままである。


「わたしね、思ったんだ。もしかしてマリエはすでに悪魔になっちゃってるんじゃないのかな? って……」


「いいんだ、もういいんだ。早く学校に避難しよう」


 話しかけるが、スケロクの言葉にはまるで反応しない。


「ウィッチクリスタルはもう真っ黒になっててさ……あの人、網場だっけ? ホントかどうかは分からないけどさ、魔法の使い過ぎの症状だって、言ってたよね」


 そう言ってアスカはリビングの方にちらりと目をやってからため息をついて、自分の膝の上に顎を乗せた。


「だからわたし、マリエの頭を割って中身を見てみたんだ。

 ……ショックだったなあ。ホントに前頭葉が真っ黒に変色してたんだもん」

「もういいって言ってるだろ!! 立て! 避難するぞ!!」


 スケロクに抱え上げられるように立たされ、アスカは歩き始める。しかしその足取りは幽鬼の如く頼りない。


 この場を本来ならば離れてはならないのは分かっている。もし本当にアスカがマリエを殺したというのなら然るべき罰を受けさせなければならないというのも分かる。しかしそれでも、今この娘には助けが必要なのだ。スケロクはそう判断した。


(もし、メイがこの事実を知ったらどういう判断を下す……? どういう事情があったか、細かいところは分からないが、友人を殺害したアスカを『悪』と断罪するか?)


 晴丘市はこの混乱の中だ。上手くいけば法の目はごまかせるかもしれない。


 細かい事情を聴いたわけでもない。もしかしたらアスカの行動は正当防衛だったかもしれない。まず、本当にアスカがマリエを殺したのかどうかも分からない。


 たとえ殺したとしても、彼女は未成年だ。『罰』よりは『更生』と『治療』に重きが置かれるであろう。


 だが、それでも。


 彼女自身の心を騙すことは出来ないし、『等しく悪を許さない』としているメイがどういう結論を下すかも分からない。


 それでも。


「それでも、俺がお前を守ってやるから」


 そう一言言って、中々足の進まないアスカをスケロクは背負って歩き出した。


 とりあえずは、安全な場所に。避難場所に連れて行こう、そう思って。


「もう……いいんです。スケロクさん」


 聞き落としそうになるような小さな声でアスカが呟く。


「わたしが、マリエを殺したんです」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急激にシリアスな展開に∑(゜Д゜)
[一言] あ、あれ? もしかして、これジャンル・コメディじゃない!?
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