庭先にて
「派手にやってやがるな……」
スケロクは町の様子を見て顔をしかめた。
まるで戦場のよう、とまではいかないものの、町には破壊の後が多数ある。しかし歩いていればすぐに悪魔に遭遇する、というようなエンカウント率ではないため、被害の規模程の数の悪魔がこの世界に召喚されているわけではないように感じられる。一部の過激な数少ない悪魔が大暴れしているような感じなのかもしれない。
病院に留まるように主張した堀田コウジ医師を力づくで排除したスケロクはユリアを助け、メイに助太刀するために町に出てきたものの、正直言ってそのどちらもどこにいるのかの見当がつかない。
「青木チカの能力なら、ある程度悪魔達の動きを把握できるかもしれないな……」
思いつくものは結果的にメイと同じであった。ならば行く場所は避難先になっている学校か。スケロクがポケットからスマホを取り出した時に、ちょうど着信があった。すぐにメッセージアプリを立ち上げて応答する。
「アスカちゃんか、何かあったのか?」
着信の主は白石アスカであった。てっきり彼女はすでに中学校に避難しているものだと思い込んでいたのだが、しかしどうやら違うようだ。
しかも話しているとどうも様子がおかしい。普段は冷静沈着な性格の彼女が取り乱して、パニックになっているように感じられる。今にも泣きだしそうな声と、そして過呼吸気味に荒れた息。何かただ事ではないことが起きているように感じられる。
「とにかく、今どこにいるんだ? 今町は悪魔が出没して危険な状態だ。俺がすぐに行くからその場を動かないようにしてくれよ」
場所を訪ねてもいまいち要領を得ない、物事を整理して話せないような状態が続いていたが、なんとか居場所を聞き出すことができたスケロクは、通話を切った。
「マリエの家に? なんでそんなとこにいるんだ……」
なんとなく嫌な予感がしてならない。
そして、少しの後悔が一陣の風のように彼の脳裏をよぎる。あの日、ユリアを救出にサザンクロスに行った時、うっかりしていて赤塚マリエを探すことを忘れていた。あれが何か致命的なミスにつながっていなければよいが。
「そういえば、マリエ達の家庭環境までは一度も調べてなかったな……」
関係者として彼女たちの住所や連絡先などの基本情報は頭に叩き込んである。しかし今回の件に関しての直接因果のある人物ではなかったため、家族や家庭関係などまでは調べていない。
慎重に。だが急いで。そう遠い距離ではない。暗黒の帳に包まれながらも異様な雰囲気を孕んでいる夜の街をスケロクは駆け抜ける。つい先ほどまでは産卵の疲れもあり一人では立てないほどに消耗していたが、やはり体を動かし始めれば気分も上向いて無理が効くようになってくる。
敵の気配に気を払いながら、いつもと違うどんな小さな違いも見落とさないように走り続ける。どんなものがユキやユリアの手掛かりになるのか分からないから。
そう遠い距離ではない。十数分も走るとすぐに赤塚マリエの家の前にまでたどり着いた。
「アスカ!!」
マリエの家は一見して普通の一戸建てに見えた。東京首都圏から離れたこの地域ではそう珍しくない、そこそこの庭付きの家、何の問題もないごく普通の中流家庭。ただ、そろそろ夏も本番となるこの季節からか、駐車場に随分と雑草が生えてきてはいる。
「アスカ! いないのか!?」
返事がない。もう一度大きな声で呼んでみる。すでに深夜を回っている時間、遠くではまだパトカーのサイレンや報道ヘリの音が聞こえるが、町は基本的に静かだ。流石にこの異常事態の中、少し大声を出したくらいで「近所迷惑だ」と怒られることはあるまいが、近くに悪魔がいれば絶好の的になってしまうかもしれない。
ほんの少しそんな危険が頭をよぎったが、しかしこの異常事態の前では少ない可能性を恐れて行動がおろそかになる方がよくない。
何しろアスカ本人から「マリエの家にいる」と聞いたのに現場に来ても人の気配がしないのだ。アスカの気配も、赤塚一家も。
スケロクが呼んでも応答がないし、家の電気もついていない。
スケロクは遠慮なく門を開いて家の庭にまで入り込む。
最初は誰もいないかと思ったのだが、よくよく目を凝らしてみるとリビングから庭に降りる沓脱石に、誰かがうずくまって座っているのが見えた。
「アスカッ!」
三角座りをしている彼女の姿が見えた。だがスケロクが叫んだのは彼女を見つけたからだけではない。隣家との境にある塀の上から、今まさにヒグマのような鋭い爪を備えた化け物が彼女に飛び掛かろうとしていたからだ。
「アスカッ!!」
もう一度大きな声で叫ぶ。
しかしアスカは反応しない。彼女の視界の端にも悪魔の姿は映っているはず。それでも彼女はなお動こうとしなかったのだ。
叫びながらスケロクは一気に間合いを詰め、空中で爪を振りかぶっている獣人の悪魔の体の内側に飛びつく様に密着し、そのまま体当たりで塀に体を押し付けた。
「グオオッ!!」
襲撃を邪魔された獣人は怒り狂い、スケロクに爪を振り下ろそうとする。一本一本がジャックナイフのような鋭さと大きさを持った凶器。
しかしスケロクは再度その内側に入り込むように避け、それと同時に相手の毛皮を掴んで背負い投げで敵の身体を跳ね上げる。
獣人は咄嗟に顎を引いて頭部を守ろうとするのだが、スケロクはそれを許さない。相手の顎の下に自分の頭部を入れて受け身を邪魔し、さらに背負いの時の巻き込みを中途半端で止めて頭頂部に自分と相手の全体重をかけ、沓脱石に、アスカのすぐ隣に落した。
鈍い音がして、悪魔は七孔噴血して息絶え、びくりびくりと痙攣を起こした。
しかし自分のすぐ隣でそんな事が起きたにも関わらず、やはりアスカは虚ろな目で庭を眺めたままだった。
「アスカ……いったい何が?」
彼女を眺めている、庭先にスケロクは視線をやる。
よくよく見れば、庭は不自然に土が盛り上がっており、そして掘り返された跡がある。
「これは……?」
思わず言葉を失うスケロク。
掘り返された土の隙間から、人の死体が見えていたのだ。




