守りたい
おそらくは、この悪魔の大量発生とDT騎士団、山田アキラは直接の関係はない。むしろ有村ユキの居所は彼らも知らず、その身柄をどうにか確保しようと動いている節がある。
それは葛葉メイも十分に承知していた。
しかしそれを理解した上でも、この男はここで始末しておくべき。
メイはそう判断したのだ。
もちろん衆人環視の中、それをやることのリスクは承知している。仮に公安がバックアップしてくれるとしても、後々厄介なことにはなる。それでもDT騎士団とサザンクロスを裏で操っているこの男は、殺れるときに殺り逃げした方がいいと。
ガリメラは人ごみを嫌がって今はどこかに身を隠してはいるが、人気のないところで呼べば来るはずである。そしてこの衆人環視の中素手による打撃でアキラを殺害したとして、彼が死んでいると判別出来る者はいない。
昏倒した彼を介抱するという名目で物陰に隠れ、ガリメラに食わせてしまえばもう証拠は残らない。
そう考えたのだが。
「それ以上いけない」
最初はジャキかと思ったのだが、ジャキはアキラの後ろで呆けたように突っ立っている。
「殺す気ですか、メイさん」
止めたのは、堀田コウジだった。
「コウジさん……」
当然ながらメイにとっても想定外の人物であった。何故かケガをしていて顔にシップのようなものを貼っているが、間違いなく堀田コウジその人である。それがなぜか彼女を止めたのだ。
「なぜ……」
「なぜもなにも、こんな公衆の面前で……それに僕は医者だ」
よくよく考えてみれば当然である。闇の中で戦い続けてきたメイは正直言ってその辺の感覚が少し鈍くなっている。『元』とはいえ人を殺すことにも鈍感であるし、それを闇の中ではなく光の下でやることによる違いにも鈍感になっていた。
(なんだか分からんが……とにかく助かった。肋骨にひびは入っているが、内臓のダメージはいずれ回復する。それにしてもジャキの奴め……クソの役にも立たんな)
一方すんでのところで命拾いした山田アキラ。メイの『殺意』についてはこの男も感じ取っていた。しかしそれはそれとして、ようやく呼吸のできるようになった彼が四つん這いのまままず考えたのはわざわざ補助として連れてきていたジャキの事であった。
サザンクロスの中でもなかなか頭の回る奴、少しは使えると思って連れまわしていたのにアキラの絶体絶命のピンチに、ただ見ているだけだった。
四つん這いのまま睨みつけている今も、一言も発せずに彼を見下ろしているだけである。いったい何を考えているのか。止めることは容易だったはずだ。不信感が募る。
「いずれにしろ、あなたの勝手で暴力的な行動が私たち市民全体を危険に陥れてるってことですよ」
「い、いや、そういうわけでは……」
ようやくジャキが前に出て口を開いた。表面上堀田コウジも自分の陣営に引き入れてメイを非難しているような口ぶり。コウジは否定しようとしたが、しかしそれを遮ってジャキは言葉を続ける。未遂で終わったが、言い訳を並べながらも今まさに目の前でその『暴力』が見せつけられたのだから周囲への説得力は、ある。
「私たち市民にできることはここでおとなしくしている事です。皆さんもそう思うでしょう?」
周囲に向かって語りかけると、野次馬たちは口々に、遠慮気味にメイを非難する声をあげる。あまり大きな声で強く非難しないのは、ここまでのメイの行動を見て、だろう。しかしそれでも口を噤まないのは、もし「本当にメイのせいで自分達の日常が壊されたのならば」これはとても他人事ではないから。
「コウジさん、その怪我どうしたの?」
「ちょっと色々ありまして……それよりここにスケロクさん来てないですか?」
「無視するな!」
メイとコウジはジャキに背を向けてその場を離れようとしたが、それをジャキは止めた。もう面倒になったからこいつらは放っておいて自分達の行動を起こそうと考えたのだろう。ジャキとしては当然ながらメイに余計なことをされたくないが。
「どちらにしろ民間人はここでおとなしくしていなさい。女性ならなおさらです」
「その意見には僕も賛成です」
意外なことにこれにコウジが同意を示した。
「メイさん、あなたがどんなに強くても、民間人の、それも女性が戦うなんて、僕は反対です」
「コウジさん……」
「いちゃいちゃしてんじゃないわよ!!」
話を途中で止めたのはほぼ人形と化していたキリエ。話がすっかりずれていた。
「私にとっては『今そこに在る危機』なのよ! ユキくんを探しださないといけないんだから!!」
その通りである。今ラブコメをやっている暇などないし、なんならDT騎士団も後回しでいいのだ。ユキを探し出して彼を助け、悪魔発生の元を絶たねばならないし、魔法の対価によってユキが廃人になってしまうことも考えられる。一刻の猶予もないのだ。
「ま、待て。勝手な行動は……みんなが迷惑するんだぞ! 相手も無抵抗な人間を……」
喋りかけたジャキに向かってメイは大きく拳を振りかぶって顔面を殴りつけた。まさかこの場面で殴られると思っていなかったジャキは無抵抗で殴られてもんどりうって吹っ飛んだ。
「無抵抗なら……なんだって?」
こうなるのである。
「それはそれとして、スケロクがどうかしたの? まだ動ける状態じゃなくてベッドで寝てたと思うんだけど」
「その……止めようとしたんですが、ユリアさんを助けに行くと言って、きかなくて……まあ、実力行使に」
「まさかそれでケガしたの!? あんのクソ野郎……」
憤るメイであるが、コウジはなんともいたたまれない表情をしている。それはそうだ。今さっきメイに戦うことをやめるよう言っておきながら自分はスケロクを止めるために暴力を使い、しかも返り討ちにあっているのだ。
「それでも、僕の考えは変わりません」
もはや理屈ではないのだ。
「メイさんにその力があると分かっていても、僕よりもはるかに強いと分かっていても、それでも」
真っ直ぐに、メイの顔を見つめて話す。
「それでも僕は、あなたを守りたい」