ババアン!!
「闇夜に輝く黒き宝石、愛の戦士プリティメイ!!」
「……白き星の、輝き……ぁぃの……せんし……プリティキリエ……」
遠巻きに二人の熟女を眺める市民達。決して声はかけない。巻き込まれたらことだ。
「愛の戦士リトルウィッチーズ、見参!!」
ババアァァン!!
夜の学校に沈黙の時が流れる。
「……それでですね、今、町にいったい何が起きてるんですか!?」
まさかのスルー。
「そのことについて、あなたに相談があるのよ。青木さん」
そしてメイの方も何事もなかったかのように対応する。恥ずかしい思いをさせられ、得る物のなかったキリエはなんとも納得のいかない表情である。
とはいえ今は非常事態なのだ。とりあえずメイは話を進める。
「たしかに、私が(故)ルビィから能力を付与された、このメガネなら、悪魔が異常発生しているところは特定できるかもしれません」
フェリアの話によればこの悪魔を異世界から召喚しているのは『悪い奴に騙された』ユキのはずである。ならば、悪魔が大量にいる場所、もしそれが発生している根源を特定できれば、おそらくそこに有村ユキはいるはずなのだ。
「できるかしら?」
メイの問いかけにチカはこくりと頷く。眼鏡の蔓に手を当て、ほんの少し魔力を流しながら周囲を警戒するように見回す。
「こんなところで……何をしている、葛葉メイ」
「ん?」
とりあえずチカはそのままに、メイが男の言葉に振り返ると、そこにいたのは山田アキラとジャキだった。二人とも何か急いでいたのか、肩で息をし、額には汗が浮かんでいる。
露骨に嫌そうな表情をするメイ。「また面倒な奴が現れたな」という表情を隠そうともしないし、そもそも、事ここに当たっては隠す必要もない。むしろ……
「有村ユキ君何処に行ったか知ってるかしら?」
「はぁ? こっちが聞きたいくらいんグッ!?」
唐突な核心に触れる質問。あまりに急だったため殆ど条件反射的に答えようとしてしまったジャキをアキラが押し退けてとどめた。これも先制攻撃の一種である。メイはこれでユキの件にDT騎士団が関わってはおらず、さらに彼らもユキの行方を捜しているのだという情報を得た。
「えらいお疲れみたいね。私に何か用かしら?」
アキラもジャキも疲労が色濃く見える。聖一色中学校の屋上には南海トラフ地震に備えての簡易的なヘリポートがある。おそらく先ほど聞こえたヘリコプターの音は彼らが乗ってきたものであろう。
日中東京の国会議事堂に有識者として閣議に参加してさんざん場を引っ掻き回し、そして急いで晴丘市に戻ってきたのだ。
「いい歳こいてそんな恰好しやがって。恥ってもんはねえのか」
毒づきながらも山田アキラはメイではなく、メイの足元に視線をやった。そこに黒猫の姿が見えたからだ。
黒猫のフェリア。
(フェリアめ……いったい何を考えている? 俺の計画を待てないから自分で進め始めたのかと思いきや、今度はメイを巻き込むだと? そんなことをしたら計画を潰される危険性が増すだけなんじゃないのか? それともこれを機にメイを潰すつもりなのか?)
しかしその視線をメイに気付かれないよう、彼女に視線を戻した。どちらにしろフェリアと計画のすり合わせができないのなら自分は自分で進める。それで何か両者の計画に齟齬が発生したとしても、責任は自分にはない。勝手に動いたこの畜生が悪い、という考えである。
そして、彼としてはこの町、この国を混乱に陥れるための布石は十分に打ったという自負がある。
「いずれにしろ、葛葉先生は避難所で大人しくしていてください。すでに警察も動いてる」
「はぁ!? その警察が対応できてないから私達が出張ってるんじゃないの!」
さすがに「公安に直接頼まれた」とは言えない。公安の行動は基本隠密作戦である。本来は民間人に協力を仰ぐこと自体異例なのだ。法の縛りで警察が思うように動けないのはスケロクから聞いている。それならばメイとキリエは警察の手の届かないところを補完的に動くだけだ。
「こんな粗チン野郎放っておきましょう、キリエ」
無視。この一手に尽きるとメイは考える。しかしアキラはそれでも引き下がらなかった。
「お前のその無思慮な行動が周りの人間を危険にするという事が分からないのか!!」
声を張り上げる様に叫ぶアキラ。間違いなく、この言葉はメイだけに対して発した言葉ではない。周りの人間にも聞こえる様に、いや、むしろメイ以外の人間に話しかけていると言ってよい。
「いいか、今現れてる悪魔達は全てが人間に対し攻撃的なわけじゃない。むしろ人間が敵対的になるからこそ向こうも攻撃してくるんだ」
もちろん大嘘である。
「お前が攻撃的になるからこそ余計にみんなを危機に陥れてるのが何故わからない!!」
あたりがざわざわと色めき立つ。
こんなやりとりは以前にもした。網場の後援会の時である。しかしその時と今では決定的に状況が違うところがある。
「そのせいで、避難させられてるのかよ……?」
「問答無用で攻撃してるのか?」
「そういえば、テレビの時もそうだったね……」
あの時とは違う。「今そこにある危機」として悪魔に多くの人が襲われ、結果として市民が避難する羽目に陥っているのだ。
これに反論はほぼ不可能だ。
なぜなら基本的にメイは「先手必勝型」の人間。相手の雰囲気や立ち方、重心から攻撃の意図を見出し「先の先」を取る。薄氷を踏むような「先手」を取り続けるのは二十年の戦闘経験があるメイだからこそできる芸当であるが、しかしそれをしなかったらどうなるか、など語れないのだ。
もし相手の攻撃の意図を見つけ出せず、なおかつ実際には敵対的で、メイが先制攻撃の機会を逃した時、メイは死ぬのだから。
「そんななまっちょろいこと言ってて市民は助けられないって言ってんのよ! 事実私だけじゃカバーできずに市民に犠牲が出てるらしいじゃないの」
それも事実である。すでに市民に死傷者が出ているという情報が入っている。元を断たねば後手に回り続ける。しかし山田アキラはその『責任』を全てメイに擦り付けようというのだ。
「暴力で解決しようとしても憎しみの連鎖を生み出すだけだ」
対面だけは取り繕った甘い言葉。
「だったらあんたがどうにかできるっていうの!?」
メイが詰め寄る。その時であった。
衆人環視の中、おもむろにアキラは右手を振り上げ、メイの頬を打ったのだ。