ぱいおつ
「喫緊の課題になります。現在は晴丘市にて散発的に観察されるのみですが、日本全土に広がる可能性もあるという事を念頭に考えてください」
国会議事堂内の閣議室。
時間は悪魔達の発生が特に活発になり、スケロクが月夜に産卵する、その数時間前。当然ながらこの数日間の悪魔の異常発生については議論が交わされていた。
「え~、晴丘市を中心に大量に発生している通称、悪魔、ですね。この異常な生物の、力による一方的な現状変更は、これを認めるわけにはいかず、自由で開かれた、晴丘市を取り戻し、持続可能な未来の実現のため……」
「総理」
「はい?」
「演説じゃないので普通に喋ってください」
この時点ではまだ発生した悪魔の数が少ないためそこまでの問題にはなっておらず、メイが細々と駆除している段階なのだが、すでに警察等公権力にもその存在は明るみに出ており、これにどう対応すればよいのか、苦慮している状態なのである。
「これに断固とした対応を取るため、敵基地攻撃能力を含め、あらゆる可能性を含めて検討を加速させ……」
「だから普通でいいですって」
警察や自衛隊の火力ならば対応は出来る。しかしその対応の土台となる法律がないのだ。
とはいうものの、新しい法律を作っていたのでは時間がない。法律は通常、政府、与野党議員、稀ではあるが民間からの法案提出から国会での審議、修正を経て国家元首の署名、内閣による公布、施行日の決定して後、ようやく効力を持つのだ。
しかし今回の件についてはとてもそんな時間はない。今もすでに被害が出ている問題なのである。新しい法律をこれから作っていたのではとてもではないが間に合わない。
よって、これに法解釈の変更により対応する。
「基本的には人間じゃないんで、『狩猟法』とか『特定動物飼養管理法』を元に動くことになると思いますが……」
「そもそも……本当に人間じゃないのか?」
場がざわつく。一般に会議で『そもそも』を言い出す人間は嫌われる傾向があるが、しかし重要なところである。さんざん駆除して「実は人間でした」では済まされない。
しかし人間であれば騒乱罪や障害、殺人、器物破損、既存の法律で対応できることを示す。その要件の成立までの確認事項の手順はあるものの。敵が何らかの組織だとしてもやはり現行の法律で対応できることになる。
「報告によれば明らかに人間とは違う生き物です。人間に対応するように対応していては市民が守れません。害獣として駆除すべきかと」
鋭い目つきでそう助言したのは警察庁長官である。通常の閣議では呼ばれない人間であるが、今回の件に関しては有識者として参加している。
「なら、障害になるのは鳥獣保護法になりますかね? 総理?」
一同の視線が岸本総理に集まる。細かいところはその道のプロである専門家や官僚のレクチャーがはいるが、大筋としては彼が決めることになるのだ。しばしの沈黙の後、岸本総理はゆっくりと口を開いた。
「……そこに、おっぱいはあるのか」
閣議室がざわつく。こいつ、マスコミと野党にいじめられすぎてとうとうおかしくなったか。しかし違う。彼は冷静であった。
「いいですか、鳥獣保護法の対象となるには、鳥類か、もしくは哺乳類という事になります」
なるほど。鳥類でなければ、即ち哺乳類という事になる。つまり、おっぱいはあるのか。
「いや……そこ、重要ですか?」
「重要だ!!」
力強い言葉だった。
日ごろからリーダーシップに欠け、決断を先延ばしにする事から『検討士』などと呼ばれて軽んじられている人物であったが、そんなことを全く感じさせない力に満ち溢れていた。
「いいか、自衛隊や警察がおっぱいに銃を向けることは、できない」
「ん?」
雲行きが怪しくなり始める。
「たとえば、異世界から来たケモミミに見事なおっぱいがあったとしよう……」
「おい、誰かこのアホ総理つまみ出せ」
「一人でも欠けると閣議決定が成り立たないので……」
閣議決定は基本、全会一致である。過去には従わない大臣を罷免するという強権を発動した総理大臣もいた。しかし今回は一番アレなのがその総理大臣本人である。
「そもそも、この『哺乳類』ってのは地球の進化の系譜にある哺乳類って事なので、異世界の生き物はたとえおっぱいがあっても『いわゆる哺乳類』とは違うのでは……?」
「君はおっぱいが嫌いなのか!?」
「いえ……」
しかし、もうこの総理大臣を追い出さないと話が進まないように思われるが。
「大好きです」
しかしおっぱいの魔力には誰も抗えないのだ。
「とりあえず話を進めましょう。こいつらは後で殴って言う事を聞かせるとして、鳥獣保護法にも抵触しない、埒外の生物という解釈で駆除していくしか……」
数少ない女性閣僚が話を進めようとしたのだが、しかしその時閣議室の扉が勢いよく開け放たれた。
「おっぱいは、あります!!」
「むっ! 何者だ!?」
男が入ってきた瞬間、警察庁長官の目つきが鋭くなった。
「山田アキラと申します。今回の件、『有識者』として今回の閣議にお声がかかりました」
よほど急いできたのか、その男は肩で息をし、額には汗を浮かべていた。
「有識者……だと?」
あからさまに訝しげな眼を全員が向ける。しかしアキラは臆することなく右手を軽く上げた。汗も呼吸も乱れたままであるが、余裕の笑みを見せると、その右手が霧となって消滅し、そして数秒後にはまたもとの形に戻った。
「そう……私自身、その『悪魔』ですから。異世界に来たものとは違って、元はこの世界の人間ですがね」
全員が目を見開いて驚愕する。悪魔は元々は人間。そうなると話は全く違ってくる。だがアキラはそれは否定した。
「今世間を騒がせている奴らは違いますがね。あれは生まれつきの化け物、異世界よりの使者です」
ほう、とため息が聞こえる。ならば『元人間』よりは少しはマシだ、と考えたからである。
「ですが、知性がある。言葉を話すものもいる。対応を誤れば、大変なことになります」
しかしそれを許さぬアキラ。彼はここへ釘を刺しに来たのだ。この国をより混乱の渦に陥れるために。
「今はまだ晴丘市周辺にしか現れていませんが、もしこれに諸外国が接触し、親交を結ぶようなことがあれば、それに対し攻撃を仕掛けた我が国の立場はどうなりますかね?」
「む……」
またぞろ厄介な人権屋や環境保護団体、アニマルライツなど日本人を差別するための言い訳を血眼で探している連中が出てくることになる。
「対応するにしろ、向こうから敵意を見せてきたときのみ。それを駆除するにしろ、現行の鳥獣保護法に則って『言い訳』の余地を残しておくべきです。彼らは哺乳類ですから!」
「哺乳類だと!?」
閣僚の中の数名はその言葉にいきり立つように反応した。首相は努めて冷静に、アキラに対し話しかける。
「我が国としては、この未曽有の危機に対し、悪魔達の、力による一方的な現状変更は認めず、断固とした態度で、包括的な抜本対策を取る必要があります」
一般人が閣議室に入ったためか、また演説口調に戻る。この人物は普段からこんな官僚が考えた答弁のような話し口調なのだろうか。
「しかし、現状を正しく認識する必要があります。悪魔達は、全てが敵対的なわけではないのですね?」
これは間違いなく総理自身の言葉だろう。眼光鋭く、アキラを射抜く。
「その通りです」
「おっぱいも、あると?」
「あります」
「のじゃロリエルフが存在する可能性も?」
「あります!」
議論は、尽くされた。