ふたりはババキュア
「もう~、わがままだな! 何が嫌なんだよ」
言わなきゃわからないのか。
「そッスよ! センパイの気づかいを受け取れないんスか!?」
そう言いながら如月も、はたき落とされたビニール袋を汚そうに人差し指と親指でつまんでメイの方に持っていく。
「あのねぇ、そもそも私民間人よ? 拳銃なんか取り扱えるわけないでしょ? 如月さん、あなたが使えば」
「汚いからいやッス」
本音が漏れた。
「メイ、そもそも如月は戦闘員じゃないんだ。拳銃は扱えても、悪魔と戦うのは無理だ」
「今こいつ『汚いから』とか言ったわよ」
「アハハハ」
汚いのは事実である。仕方あるまい。それはそれとして、最後の笑い声はキリエ。自分が何のために呼ばれたのかはよく分からないが、とりあえず三人のやり取りを見て『他人事』とばかりに笑い飛ばしていたのだが、しかしこれがメイの逆鱗に触れた。
「あんたがやりなさいよ」
「はぁ!?」
メイの一言ににわかに焦り始める。そう言えば以前に「もう一度魔法少女になれるか」とメイに問われたが、まさか本当に飛び火してくるとは思っていなかったのだ。
「キリエさんも魔法少女なんスか?」
「……元、ね」
キリエが如月の言葉に付け足したが、しかしすぐにメイが彼女の両肩を掴んで、キリエの目を真っ直ぐに見つめた。
「魔法少女に『元』もへったくれもないわ。ウィッチクリスタルはまだあるんでしょう?」
「い……今は一般人……あ、まさか!?」
キリエは何かに気付いたようでハッとした表情になる。「なんの『まさか』なのか?」自分は何か言っただろうかと、メイが疑問符を浮かべているとキリエは言葉を続けた。
「さっきユキくんがこの件に関係あるって……そういうことなの?」
どういうことか。
「まさか、ユキくんが最近行方不明になってるのって、悪い奴らに騙されて悪魔を大量生産してるのか、それともどこかから召喚しているのか、つまりそういうことなの?」
メイは片手で自分の顔を覆う。
そう言えばそんな事も言っていた。スケロクの産卵にキリエをつき合わせるための方便として「この件はユキにも関係がある」と口からでまかせを吐いていたのを思い出した。
「まさか、ユキくんがこの悪魔の大量発生の原因だったなんて……」
そのまさかではない。
「そのまさかだニャ」
「!?」
突如として病室の空間に穴が開いたように黒い球体が現れ、その穴を通って黒猫のフェリアが姿を現した。
「メイがどこでその情報を得たのかは知らニャいが、まさにこの悪魔の大量発生はユキの仕業だニャ」
「そんな……」
「よかった」
「よかった?」
思わず本音の洩れてしまったメイ。フェリアの登場は「渡りに船」ではあったが、適当な嘘をついたのはごまかせたものの、全くよくはない。
「なんでもないわ。言葉の綾よ。そんな事より」
メイは巧みな危機回避能力で以てキリエの問いかけを躱し、フェリアに視線をやる。
「どういうこと? 有森さんがこの悪魔の大量発生の原因って?」
「そのままの意味だニャ。ユキは悪い奴らに騙されて異世界とこの日本を繋いで、悪魔を大量に召喚し続けているニャ」
その言葉に、メイは青ざめてスケロクと顔を見合わせる。スケロクの顔にもメイと同じように焦りの表情があった。
この二人は情報を密に共有している。当然ながら、魔法少女が魔法の力と引き換えに失う代償の事についても、だ。実際に異世界から悪魔を召喚するという行為がどの程度魔力を消耗することなのかは分からないが、もはや一刻の猶予もない事態である。
いずれにしろ、ユキを止めなければならない。このままでは被害は増え続ける上に、ユキ自身の体も危ないのだ。
「キリエ、もはや是非も無いわ。あなたも魔法少女に戻って戦うべきよ。息子の身を案じるならね」
「うう……」
それでも納得できずにうめき声を上げるキリエ。躊躇している時ではないと分かりつつも、しかしまさかこの年になって再び魔法少女に変身して戦うことになるなどとは思いもよらなかった。正直恥ずかしいのだ。
「で、でも、その……ウィッチクリスタルが、どこいっちゃったか分かんなくって……」
「大丈夫だニャ」
即座にフェリアが答える。
「こんなこともあろうかと、キリエのウィッチクリスタルはボクが大事に保管してたニャ」
どこから取り出したのか、口に透明のクリスタルのついたネックレスを咥えていた。
万事休す、である。
フェリアはキリエの体をよじ登ると、器用に彼女の首にネックレスをかけた。
「くうぅ……」
「キリエ、観念しなさい」
ここが覚悟の決めどころである。しばらく唸っていたキリエであったが、ようやく決意したようでやおら強く目を見開いた。
「ウィッチクリスタル! チェ~ンジッ!!」
そう言って飛び上がり、きりもみしながら滞空する。キリエの体が光り輝き、あっという間に白とピンクを基調としたリボンとフリルにまみれたピンクハウスをミニスカートにしたような服装にチェンジした。メイのようにヘソ出しでないのがせめてもの救いである。
「うわキツ……」
「キツいッスね……」
「もう三十三だろお前……」
「うるさいうるさいうるさい!!」
キリエはぶんぶんとこれまたピンクと白のカラーリングのステッキを振り回す。
「メイにだけは言われたくないわよ!! あと月夜に産卵する男にもッ!!」
とにかく。
これで駒は揃った。往年の名コンビが復活したのだ。白を基調としたキリエと黒を基調としたメイ。数々の悪の組織をその闇に屠ってきた最強のコンビである。
「とにかく、パイセンはとても戦えるような状態じゃないッス。お二人に頼る他ないのが現状ッス。お二人には大本を断って欲しいッス」
やはり如月は自分を戦力とは考えていないようであるし、実際慣れない者を前線に立たせても被害が拡大するばかりである。雑魚の悪魔は警察のさすまた捌きに期待するほかない。
「行ってくるわ……どんな犠牲を払ってでも、ユキくんを止めて、この異常事態に終止符をうつわ。あっ、その前に」
キリエはごそごそとスカートの内側から何かカギのような物を取り出して如月に渡した。
「例のブツは駅のコインロッカーの中に入ってるわ。あとはどう使うかはあなたに任せる」
「わざわざそんなとこにスか? 持ってくりゃよかったのに」
「あんなもの怖くて持ってられないわよ」
いったい何の話なのかとメイが疑問符を浮かべながら二人の顔を見たが、キリエは人差し指を口の前に立ててニヤリと笑みを見せ、それ以上は語らなかった。
「細工は流々仕上げを御覧じろ、よ。いずれ分かるわ」
「じゃあ二人とも、そろそろ行くニャ」
「ええ!!」
力強く答える二人。
「待て」
それを止めるスケロク。
「これを忘れてるぞ」
二人の前に差し出されたのは、例のビニール袋。
「クッ……うまくごまかせたと思ったのに……」