生命の神秘
「センパイは、屋上に向かったッス」
如月杏に導かれて病院の屋上に向かうメイ。それと……
「なんで私がこんなことに巻き込まれなきゃならないのよ!」
メイの元相方、有村キリエ。
「キリエ……これはね、あなたの息子、ユキ君にも関係する事なのよ」
「え……? ホントなの!?」
嘘である。
本当は一人でも被害者を多くすれば一人当たりの精神的ショックが軽減されるだろうという道連れ精神によるものである。理屈など後からどうとでもこじつけられる。とりあえず現場に引き出してしまえばこっちのものだ。
本音で言えば誰もこんなことに巻き込まれたくはない。
「そもそも『産卵する』とか意味分かんないんだけど?」
というかおそらくは、誰も事態を正確に把握していない。
町に悪魔が溢れ、それと時を同じくしてスケロクが産卵……
「というか、産卵ってなんなのよ」
キリエの疑問。当然である。
「とりあえず、ここまで来たんだから、あとは屋上に行けば分かるッス」
如月の説明も正直言って言葉足らずで全く意味が分からないのだが、しかし彼女も事態を呑み込めていない節がある。とにかく真実はもうすぐそこ、病院の屋上なのだ。
誰もが腑に落ちない状況の中、三人は病院の屋上、その扉の鍵を開いた。
息を整えながら辺りを見回すと、いた。満月にはもう少し日があるが、遮るもののない病院を照らすには十分な明るさの月。
果たしてそこには、確かにスケロクの姿があったのだ。
月に照らされた白い肌。生まれたままの姿で屋上のコンクリートの上を這う成人男性の姿。世界で初めてNHKの撮影スタッフが映像に収めることに成功した、スケロクの貴重な産卵シーンである。
『何やってんだアイツは』
という声を絞り出すことができなかった。その景色の持つ、あまりの迫力に。
夜空の下に出たスケロクは、月の位置によって方角を知り、決して産卵場所の位置を間違うことはないという。
コン、ころころ、と何かがスケロクの尻から零れ落ち、コンクリートの上を転がる。
生みの苦しみに歯を食いしばり、涙を流しながら、スケロクは四つん這いで産卵を続けている。ウミガメがその瞳から涙を流すのは、塩類腺と呼ばれる器官から体内の余分な塩分を排出しているためである。彼の場合はどうか知らないが。
やがて産卵が終わったのか、スケロクは力尽きてその場に倒れ伏した。その股の間には金属片のような物がいくつも転がっている。
恐る恐るメイが彼に近づき、そして声をかけた。如月とキリエはメイの陰に隠れている。
「あんた……何やってんの?」
マジで。
「これからの戦いに……必要なものなんだ……」
息も絶え絶えのスケロクはそう言って、自分のケツからひりだした金属片を一つ、持ち上げた。
それは、どうやら拳銃の弾丸のようであった。
「クサいッ!!」
体力の消耗しているスケロクの鳩尾にメイの前蹴りが的確にヒットした。スケロクは小さく声を上げて呻き、弾丸を取り落とした。
「うぐぐ……なにを」
「あんたの方が何してんのよ!?」
確かにその通りだ。話が全く見えない。何故ケツの穴から銃弾を産み落としているのか。
「いいか、俺の使う弾丸には魔力が込められているのは知っているな?」
確かにそんな話があった。だから悪魔に対して有効であるし、霧の姿に変化したベルガイストにもダメージを与える事が出来ていた。それが彼の特殊な趣味と何か関係があるというのか。
「じゃあ魔力のあまりない俺がどうやって魔力を銃弾に込めていたのか、わかるか?」
イヤな予感がする。
「長時間、丹田に近い体の奥深い場所で拳銃の弾丸を抱き込むことによって、魔力を付与していたんだ」
「つまり、あまりの臭さに悪魔もダメージを受けるってことッスか?」
「全然違う。何聞いてたんだ」
要は肛門経由で直腸内に銃弾を保持することにより、時間をかけてそれに対して魔力を付与していたという事なのだろう。知りたくなかったイヤな事実にメイは顔をしかめる。
「俺が、伊達や酔狂でアナルを開発していたとでも思っていたのか?」
「思ってたわよ」
おそらくは、この非常事態に際して必要になると考えて戦うために武器を用意したという事なのだろう。体調が万全でないにもかかわらず。
力を使い果たしたのか、スケロクはその場にぐったりとしている。フルチンで。
「とりあえず、病室に戻しましょう。こんなところで全裸でいたら怪しげな儀式でもやってたのかと思われるわ」
実際その通りである。
しかしメイの言葉に従ってメイとキリエでスケロクの体の前後を担架のように持ち上げ、移動を始めた。
「まさかこの幼馴染みの三人でこうやって集まることになるなんてなあ、思いもよらなかったぜ」
感慨深い表情でスケロクがそう言うと、メイとキリエの表情がこわばった。二人もまさか三十も過ぎて産卵を終えた全裸の幼馴染みを二人でワッショイすることになるなど思いもよらなかった事だろう。
「そーれッ!!」
息を合わせて二人はベッドの上にスケロクを放り投げる。
「お前らッ、もうちょっと怪我人をいたわりやがれ!」
確かに雑な扱いではあるが、唐突にあんな生命の神秘を見せつけられたのだ。自分が非常識な行動をとった結果なのだから常識的な対応を期待してはいけない。
「で? その銃弾をどうしろと?」
不機嫌な表情でメイが訊ねる。しかし半ばまでは分かってはいるのだ。認めたくないだけで。
「これを、お前に託す」
「託すな!!」
スケロクは銃弾をビニール袋に入れてメイに手渡そうとしたが、メイはそれをはたき落とした。
「危ないだろ! 暴発したらどうするんだ!!」
「汚いのよ!!」
まあ、その通りである。とはいえ、今のスケロクはとても戦える状態ではないのだ。
「メイさん、町中に悪魔が出現し、その数は増える一方ッス。おまけにセンパイは戦える状態じゃない。警察がさすまたで対応してるけど、状況は厳しいッス。戦える人に、これを使ってほしいんス」
「……さすまた?」
Y字状の形状をした、暴漢を傷つけずに捕らえるための武器を指す。
「さすまたで戦ってんの? 警察……なんで?」
「正直、一般の警察じゃ対処できないのさ、あんな奴らな」
スケロクがパンツをはき、ベッドに横になりながらそう吐き捨てた。
「基本的に法を犯し、人を傷つけるような化け物だが、全てがそうじゃない。人間とは違う化け物ではあるが、言葉は通じる。中には人の姿に化け、市民に紛れ込む奴もいる。こいつらを現行の法律で対応できると思うか? しかも相手は人を殺せるほどの膂力を持ってはいるが、武器は持ってないことがほとんどだ」
言われてみれば厳しい状況ではある。警察や自衛隊はそんなファンタジーな生き物に対応するために存在するのではないのだ。もちろん、本気で対応すれば彼らの火力は悪魔共を圧倒するだろうが、そこまで辿り着けないのである。
「だから、俺やお前みたいな連中が人知れず処理するしかないのさ」
確かに彼の言う事には一理ある。メイが戦わねばならないのだ。
「これを……お前に、託す」
「だから汚いって!!」
再びメイは弾丸をはたき落とした。