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産卵

 暗闇の中、何かが煌めく。


 激しい金属音と風を切る音。戦闘音である。薄暗い街灯の下、刃物の反射する光が散発的に輝く中、浮かび上がる一方の影は葛葉(くずのは)メイであった。


 路上での戦闘、対する相手はトカゲのような風貌の大男。リザードマンとでも言えばいいのか。激しく打ち合い、必殺の一撃をいなしつづけるメイは一歩踏み込み撃尺の間合い(互いに踏み込まずに攻撃の届く間合い)へ入り込む。


 メイの得物はサバイバルナイフのようだ。リザードマンの攻撃は稚拙に見える。力とスピードはあるが、メイに対して攻めきれない。


 メイの接近に合わせて同時にリザードマンも間合いを詰めてのしかかろうと仕掛けてきた。野生動物の攻撃は何よりもその突進力。


 鋭い爪を引っ掻けて全体重をかけてのしかかればもはや勝負はあったようなもの。しかしメイはそれを読んでいたのか、敵の腕に手をまわし、関節を極めながら脇固めの体勢でうつ伏せに押し倒す。


 ボグリ、と鈍い音がしてモンスターの低い声が響いた。


 メイはその瞬間を逃すことなく首筋にナイフを突き立てて勝敗は決着した。


「はぁ、ふぅ……」


 荒い息を整えながら立ち上がり、メイはまだ痙攣しているモンスターを見下ろす。すかさず近くにホバリングしていたガリメラが死体の背に着地したが、いつものようにすぐには噛みつかず、様子を見ているようだった。


「ガリメラもさすがにお腹いっぱいみたいね……」


 額の汗をぬぐいながらメイがそう言った。それもそのはず。前の屈筋団の時のような大規模な悪の組織と戦っていない時でも野良の悪魔が出現することはそう珍しい事でもない。とはいえそんなのは月に1,2回程度だ。


 しかしここ最近の悪魔退治はこの一週間で5回目、今日だけで2体も仕留めているのである。普段月一程度で満足しているガリメラはなかなか食欲がわかないようである。


「めっ、メイさん! メイさん!!」


「ん?」


 ハンカチで汗を拭っていると、メイを呼ぶ女性の声が聞こえた。


「あ……確か如月(アン)だっけ?」


 肩を上下させて大きく呼吸をしている。よほどメイを探して走り回ったのだろうか。正直に言えばメイは彼女が何の仕事をしているのかも知らない。スケロクを通じての知り合いの知り合い、程度の関係なのだが。


「うお、こんなとこにもモンスターが!」


「こんなとこに……()?」


 メイが今しがた倒した悪魔を見て如月は驚いたようだった。しかし、こんなところにも、とはどういうことか。まさかさらに別の場所にもこんな化け物が出ているという事なのか。


「知らないんスか、メイさん。今悪魔が異常発生してるんスよ」


 それは知っているのだが、しかしどうもメイが思っているよりもその発生頻度はずっと上だった様である。


「それで? 私を探してたみたいだけど、何の用なの?」


「はい……実は……」


 妙な間がある。何か言いにくい事でもあるのだろうか。


 はっきりとは聞いてはいないが、確かこの女はスケロクの後輩だということだったから、おそらくは公安、もしくは警察関係の人間なのだろう。


 だとすればメイを頼ってきた理由もおのずと予想できる。


 この悪魔の異常発生と何か関係あるのだろう。スケロクは以前自分の部署には自分一人しかいないと言っていた。警察でもやはり悪魔やモンスターのような怪異に対応するノウハウはない、と考える方が自然。


 この悪魔の大発生に対応しろ、もしくは協力してくれという事に違いない。


「産まれそうなんス……」


 静寂。


「……なにが」


 またも静寂。


 薄暗い街灯に、二人の美女の影だけが揺れている。地面ではガリメラのくちゃくちゃという咀嚼音。


「卵がッス」


 そう、卵が産まれるのだ。


(なんだろう、これは)


 メイは考える。


(こう……何かの比喩表現なんだろうか? そうだ、たとえば、この悪魔の異常発生。なんか、こう……悪魔が次から次から生まれてくることを『卵が産まれる』って比喩してるのかも)


「スケロクセンパイが産卵しそうなんス」


 メイは鼻梁の辺りを揉むように摘まみ、天を仰ぐ。


「え……?」


 理解の範疇を越えている。


「というわけでメイさんに立ち会ってほしいんス」


 全体的に意味が分からない。


「百歩譲ってスケロクが産卵したとしよう」


 本当は百歩程度ではスケロクの出産は受け入れられる事態ではないのだが、かなり譲歩して、である。


「私がそれに立ち会う必要なくない?」


 というか、本音で言えば、立ち会いたくない。キモい。


「え……? でも、私一人で立ち会いたくないんスよ。こわい」


 メイだってこわい。


 まず何が何だか分からない。しかしそれは如月とて同じことなのだろう。不安になってメイは彼女に尋ねる。


「スケロクは、その……こういったことは、よく……頻繁に産卵するの?」


 我ながら何を言ってるのだろう、とは思う。


「いや、私も初めて聞いたッス」


「むう……」


 しばし沈思黙考の構え。どうしたことか。出来れば関わり合いになりたくはない。しかしこのタイミングでいきなりの異常行動。悪魔の大量発生とも何か関係があるのかもしれない。


 正直言えば如月の言葉だけでは何が何だか分からない。スケロクに直接会って話を聞きたい。


 聞きたいが、近づきたくはない。


 二人だけだと少し不安だ。


 人数が多ければ不安も少しは和らぐかもしれない。


「もしもし、キリエ?」


 メイは、幼馴染みを巻き込むことにした。


 地獄の道連れは一人でも多い方がいい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 産卵って、何がどうなってそうなるの!?(;´д`)
[良い点] 「スケロクは、その……こういったことは、よく……頻繁に産卵するの?」にビビッと!しました! [一言] スケロク、まさか…Ωだったのか???(ちがう
[良い点] もはやスケロクという存在自体が地獄と化しているwww
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