種
「見つからん……」
サザンクロスの地下。薄暗い研究室に山田アキラはいた。
「大分煮詰まってるみたいですねェ」
へらへらと笑った締まりのない顔でハカセがそう呟き、アキラの前にまだ湯気の出ている、淹れたてのコーヒーを置いた。アキラはそれに対し礼を言う事もなく、じっと彼女の顔を見た。
「お前何か知ってるんじゃないのか? ユキとユリアの行方を」
「まさかぁ」
やはり締まりのない顔でコーヒーを一啜りして笑みを浮かべる。その軽薄な表情からは彼女が嘘をついているのかどうかは判別できなかった。
「お二人がいないと困るんですか?」
「……まあな」
ユキは「強い魔法少女としての素質を持っている」とフェリアから再三言われていたため手ゴマとして確保していた。ユリアは特に言及されていなかったが、DTKが政界に対し強い影響力を持つためのコマの一つとなるはずだった。
まだまだこれから活用する予定があったというのに網場などに留守を任せたせいで逃げられてしまった。その事実は未だ世間には知られてはいないものの、しかし保護している筈の少女がサザンクロスを脱出した、というだけでもう彼らにとっては致命傷となりかねない痛手なのだ。
さらにアキラは知らない事であるが、この時実は彼らはフェリアに見捨てられていたのだ。
ホルモン剤を投与したところまでは良かったが、その後のユキへの『追い込み』が中途半端で彼の能力を開花させることができなかった。
ユキの能力について示唆されていたにもかかわらず、それを放置してユリアの方にかまけているアキラ達を見て、「これなら自分でやった方がマシだ」と判断したフェリアがユキをDTKから取り上げた、というのが事の真相である。
「まさかとは思うが、もう晴丘市にはいないのか……?」
SNSを使った捜索網にも今のところ手掛かりはない。次第に焦燥感が高まっていく。それとは対照的にハカセは笑いそうな表情をコーヒーカップで隠す。
「そういえば、フェリアはどこだ?」
「!?」
一瞬びくりとしたが、すぐにハカセは平静を取り戻す。どうやらアキラには気付かれなかったようだ。
「アキラさんは、ユリアさんを使ってこの先はどういう展望を持ってたんですか?」
自分の動揺を悟られないようにとりあえずアキラに問いかけをするが、これは彼女自身気になっている事でもあった。
「フン、知れた事。これまでの人間社会の価値観を破壊して、自分達に都合のいい、いくらでも甘い汁を吸える社会を作り出すことだ。この俺が二十一世紀の世紀末覇者となるのだ」
「世紀末覇者って……まだ二十一世紀始まったところですけど?」
「まあ、この計画が上手くいく頃には世紀末になってるだろうからな。問題ない」
「なんとも遠大な計画ですねェ」
ハカセはコーヒーを一口飲んでため息をついた。その投げやりな発言にアキラは怒りを覚えたようだが、彼が口を開く前にハカセは言葉を続ける。
「そんなんだからフェリアさんに見切りをつけられるんですよ」
「なにっ!?」
これだけ言われればよほど鈍い奴でも「やはりこの女、何か知っているな」という事には気づく。アキラはデスクを叩き、今にも殴りかかりそうな剣幕であるが、しかしやはりハカセは動じないようである。
「いいですか? フェリアさんには時間がないんです。アキラさん達がそうやってちんたらやってるのなんて待ってらんないんでス。このままジャ、アナタ取り残されますよ?」
この言葉にアキラは愕然とした。まさか猫ごときに自分が見捨てられるなどとは思っていなかったのだ。まさか『取り残される』事態になるなど思いもよらなかった。大いに狼狽えた様子で弁解を始めた。
「お、俺だって精いっぱいやってるんだ! これから伸びる子なんだよ!! 長い目で見てやってくれよ!!」
「だから、フェリアさんには時間がないんです。待ってなんてあげられないんですよ」
「クソッ、フェリアがアルテグラの手綱握るって話だったのに、フェリア自身が暴走してるじゃないか」
「すいませんねェ、私は別にフェリアさんの手綱握るなんて言ってませンから」
アキラは落ち着きを取り戻すため、椅子に座り直してコーヒーを口に運んだ。いまいちアルテグラの連中とフェリアの関係性がよく分からない。フェリアはペットのような物だと思っていたのだが、やはりどうも違うようだ。
「フェリアさんは私が作った魔法生物ですからネ。いわば親子関係みたいなもんでス。子供の目的達成のためには全力でサポートするのが親ってものですヨ」
これ以上話してもらちが明かない。アキラは震える手でハカセを指差し、鋭く睨みつけながら宣言する。
「いいか、後から吠え面かいても遅いからな。俺は俺のやり方で世界を変えてやるんだ。すでに計画は後戻りのできないところまで進んでる。見てろよ」
「自己顕示欲の強い人ですねエ」
「どうとでも言え。すでに賽は振られている」
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「え~、以上のように、安定したダッチワイフの供給のため、サプライチェーンを多元化する必要があり、そう言った意味でも、一律に民間の商業活動であるダッチワイフの生産を規制することは、現在、考えては……」
努めて冷静に振舞っているように見える民自党総裁、岸本首相。かなり疲れの色が見えるが、言葉は淀みなく吐かれる。聞くに堪えない野党のやじの中、首相が答弁を終えると野党の女性幹部が壇上に立った。
「つまり、あくまでも規制は行わず、悲劇の再生産となるダッチワイフの製造を止める気はないという事ですね。余りにも他人事です! 総理はダッチワイフの人権などどうでもいいと考えているとしか思えません!!」
(どう~~~~ッでもいいよ!!)
首相の本音である。
当たり前だ。
審議しなければならない事は山ほどあり、補正予算も組まなければならないというのに、ここに来てのダッチワイフの人権問題。
死ぬほどどうでもいい。
これがもし、日本全国でダッチワイフが次々と意思を持ち始めているのならば対応も必要かもしれないが、現在のところ、そんな例はユリアの一件だけである。
法律に照らし合わせて、ダッチワイフを人間と認めない事を閣議決定したことに野党と人権団体が猛反発、マスコミは「議論を呼びそうだ」と連呼し、日経平均株価は下落して円安も進行。電信柱は高く、郵便ポストは赤い。
ダッチワイフ一体で国会が空転しているのだ。
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「フェリアが何を企んでいるのかは知らんが、俺が蒔いた種はきっと役に立つ」