おじさん構文
「ど、どうしてそんな結論になるんですか?」
額に汗を浮かべてアスカがスケロクに質問する。
堀田コウジがスケロクに「ユリアの居場所の手がかり」として提示した情報。それはSNSを通じて行方不明になっている有村ユキの友人が彼の行方の情報を呼びかけるものであった。
「やはり、スケロクさんもそう思いますか」
当然ながら情報元である堀田コウジはそれをよく理解しているようではあるが、アスカには話が見えてこない。しかしスケロクは公安。いわばこういった情報解析のプロフェッショナルでもある。その彼が一目見てこの『呼びかけ』を怪しいと判断し、ユキがユリアを連れてサザンクロスを脱出していると断じたのだ。
「この写真をよく見てみろ」
先ずスケロクがアスカに見せたのは投稿に使われていたユキの写真だった。ほぼバストアップのような写真ではあるが、余白部分には背景が映っている。
「見覚えがないか? この建物」
「……これはッ!!」
思わず口を押えて驚愕するアスカ。ユキの背後に映る建物の内装には確かに見覚えがあった。間違えるはずがない。アスカにペン立てのトラウマを植え付けたサザンクロスの内装である。
「もし本当にユキの友人だったら、わざわざサザンクロスにいるときの写真なんか使うはずがない。まあ、可能性としてはサザンクロスで新たに出来た友人って線もあるがな」
さらにスケロクはスマホを操作していくつか画面を切り替えながら話を続ける。
「そもそもこのアカウント、ほんの3日前に作られたばっかりの物だ。ユキを探すために新たに作ったアカウント、って考える方が自然だな」
スケロクが視線を送るとコウジもこくりと頷いた。おそらくは彼も同じことに気付いてそれをスケロクに言いたかったのだろう。スケロクはそれを補強するためにさらに言葉を続ける。
「フォロワーの数も少ないが……調べてみたが、一応フォロワーは実在の人物みたいだな。それなりの期間SNSを使っているみたいだが、だが詳しく調べてみると、少なくとも確認できたのは全員サザンクロスに出入りしてる人間だ」
「ホストって事ですか?」
アスカが尋ねるが当然ながら、違う。さすがにそんな雑な偽装工作などしたらすぐにバレるだろう。
「違う。サザンクロスに入ってるNPO法人に世話になってる子供だとか、女性だとか、まあそんな奴らだな」
言っていることは分かるのだが、アスカは思わず唸って考え込む。というのも、このSNSを見たのはスケロクは初めてのはずである。そこからそう間をおかずに投稿者のフォロワーがサザンクロスの関係者だなどということが何故わかるのか。
まあ有り体に言えば結論を急ぐあまり適当な事をふかしているのではないかと思ったのだ。
「仕事柄な……今回の案件に関する人間の情報はある程度頭に入ってる。当然サザンクロスの関連団体に出入りしてる一般人もだ」
トントン、と人差し指で自分の頭を軽く叩く。
「凄い……公安みたい」
公安である。
ホストクラブに行って北〇の拳ごっこしたり、アナルで無茶して肛門科医に怒られたりしているので忘れがちではあるが、そもそも彼は公安なのだ。しかもキャリア組のスーパーエリートである。
「……ということは、つまり」
アスカがスマホの画面をのぞき込む。
「そうだ。このアカウントの実際の中身はユキの友人なんかじゃない。恐らくDT騎士団の人間だろう。幹部クラスか、木っ端連中かは分からんがな」
まとめて考えると、このアカウントはユキに逃げられたDT騎士団の連中が彼を探すために情報収集をするものとして開設したアカウントだろう、というのがスケロクとコウジの見立てである。
ユキの友人であり、行方不明になった彼の情報を求めるという体で投稿をし、町の人間の善意の情報により彼を探し出そうとしているのだ。
「なんだったら、アスカちゃんかメイに調べてもらってもいいかもな。プロフでは聖一色中学のユキの同級生って事になってるが、一人一人聞いて回ればこれが本当かどうかは明らかになるぜ」
だがおそらくはこれだけ状況証拠がそろっていれば間違いないだろう。
そして、DT騎士団がユキを探している理由として考えられるものは何か。
「ユキは不登校支援のNPO法人に出入りはしているが、別にサザンクロスに泊まり込んで家に帰ってねえわけじゃねえ。サザンクロスに来なくなったくらいでこんな対応はとらないし、もしユキに連絡がつかなくなったとしても有村家に連絡すれば済むことだ」
「ということは、家にも帰ってない……?」
「そう。そして今のDT騎士団にとってユキよりもはるかに重要人物で、最近行方の分からなくなってる奴が一人いるよな?」
当然ながら、それがユリアである。
「じゃあ……ユキ君とユリアさんはいったいどこに?」
アスカの問いかけにスケロクは黙り込み、顎をさすって考える。スケロクもその答えを持ち合わせているわけではない。すなわち、これはおそらくDT騎士団とスケロク達の争奪戦になるだろうという事だ。再びダッチワイフ争奪戦が始まったのである。
「ユキの居場所にはアテはないが、ともかくこのアカウントは怪しい。さっき試しにダイレクトメールを送ってみた。上手く行きゃあ向こうがどの程度情報を持ってるのか、少なくともこのアカウントが本当に『友達』なのか『DT騎士団』なのかの判別くらいはつくかもな」
そう言ってスケロクは「ふう」とため息を一つつき、天井に顔を向けた。
「大丈夫ですか、スケロクさん。もう横になった方が……」
当然ながらまだまだ体調は万全ではない。しかしスケロクはアスカの言葉に小さい声で「ありがとう」と呟いて手を上げた。アスカもコウジも心配そうな顔をしている。
その時、スケロクの携帯が着信音を鳴らした。
「どうやら返信がきたみてえだな。さて、鬼が出るか蛇が出るか」
― アスカちゃんチャン、ヤッホー(^з<)遅い時間に連絡アリガトネ!今何してるのかナ✋❓❓❗❓(。•́︿•̀。)⁉
― ユキくんを町で見かけたって?ちょっとスペースで話せないカナ( ̄ー ̄?)(╯︵╰,)⁉️
― それか明日早くお仕事終わりそうだからご飯でも食べながら詳しい話聞かせてくれないかナ( ̄ー ̄?)❗❓⁉️
― それともホテルでゆっくり話聞こうかナ??!!!?!?ナンチャッテ(*^^*)
「…………」
「…………」
「…………」
夜の病室に沈黙の時が流れる。
「……おじさん構文やんけ」
「間違いなくユキ君の友達じゃないですね」
「っていうか私の名前勝手に使わないでください」