スケロクのアナルはもう限界
「それにしても、無茶をしましたね」
「すまねえ……」
総合病院の一室。
戦いから戻ったスケロクは再びベッドに伏していた。甚だしくは、点滴まで受けている状態である。スケロクの容体を見に来た堀田コウジの視線は、鋭く彼を睨みつけている。
「アスカちゃん、君がついていながら、あんな無謀なことをするなんて」
「ごめんなさい……」
同じ部屋のパイプ椅子に座り、小さく肩を寄せている少女、白石アスカ。
二人はユリアを救出するためにサザンクロスに乗り込んではいたが、網場を倒すことは出来たものの、しかし結局その場に既にユリアはおらず、空振りに終わった。さらにはうっかり忘れていて赤塚マリエの足取りもつかめなかった。
要は、何の収穫もなかったのだ。
「でも、納得いかない……」
アスカは眉根を寄せて困ったような、悲しそうな目でスケロクを見た。
かなり消耗しているのが目に見えて分かる。網場との戦いは勝利で終わったはず。戦闘中に目立った攻撃を受けたわけでもない。だというのにサザンクロスから戻ってスケロクの体調は目に見えて悪化したのだ。
主治医の説明(コウジはこの件の主治医ではない)でも原因は全くの不明という事であった。
「一つ、考えられるとすれば……」
その一言だけでコウジはアスカの疑問を理解し、説明を始める。
曰く、おそらくはやはり最初にカチコミに行った時のアナルパールが後を引いているのだろうと。
やはりあの時、ただパールを突っ込まれただけではなく、魔力で何か仕込まれており、その後遺症が出ているのだろうというのがコウジの見解だ。それが完全に回復する前に再度戦いに身を置いたことで、体が魔力に晒され、傷口が開く様に体調が悪化してしまったのだろうと。
「つまり……どういうことですか?」
アスカが尋ねる。
「スケロクさんのアナルは、もう限界なんです」
「そんな……ッ! スケロクさんのアナルが……ッ!?
…………ふひッ」
「何が可笑しいんですか」
勢いでリアクションした後、アスカは思わず笑ってしまった。
「フッ……フッフッ……だって、アナルが限界って……ふふっ」
つられてスケロクも笑いだすが、しかし笑い事ではない。肛門は消化器官の最終的な出口であり、人間にとってとても重要な器官なのだ。あくまでも『出口』であって、物を入れる『入口』ではない。こうもんであそんではいけません。
体内の魔力の流れが乱れているのかもしれない。本来出口であるはずの場所に大量に異物を挿入したのだから。
しかしそんな事を現代医学で解決することは出来ないし、解析することもできないであろう。彼の主治医が「原因不明」というケツ断を下すのもいた仕方あるまい。こういう時医者は大抵「ストレスですね」と言う。
とはいえコウジも魔力や魔法について専門家というわけでもない。肛門の専門家ではあるが、魔力については多少齧った程度だ。
それでもスケロクがDT騎士団との戦いによって消耗しているのだろうという事だけはよく分かる。
「肛門をバカにしちゃいけない」
魔力が肛門に及ぼす影響は未知数だ。人体全体にどんな問題を及ぼすかも分からないし、影響が肛門に限定的だったとしても、肛門が人間にとって最重要機関であることに変わりはない。
人工肛門などという事になりでもしたら一生不便な思いをすることにもなりかねないし、腸を酷使することにより細胞が疲弊し、ポリープの発生、ひいては直腸ガンが発生することも考え得る。
「こんなことに、なりたくないだろう」
コウジは自分のスマホで手早く画像検索をして、人工肛門の画像を見せた。スケロクとアスカの二人はその写真を見て顔が青ざめる。
「とにかく、もうこんな無茶は二度としないでください。これからの人生を少しでも考える余裕があるならね」
とはいえ……
「ユリアさんは……結局見つけることは出来ませんでした」
アスカが俯いてそう言う。カチコミに参加してはいないコウジではあるが、その辺の事情はなんとなく聞かされてはいる。
カチコミの数日前にはサザンクロスのビルから身を投げてしまったというユリア。
しかし彼女の死体は確認されたという情報はない。戸籍のない人間であり、公式にも「人間ではない」と閣議決定されてはいるが、だからといって事が発覚する前にDT騎士団がユリアの死体を秘密裏に処理した、とは考えづらい。
「やっぱり堀田先生もそう思うか。もし本当にユリアが死んでいたとしたら、あまりにもDT騎士団側に動きが無さすぎる」
ベッドに横たわったままスケロクはそう言った。彼もやはり、アスカと同意見で誰かが身を投げたユリアを助け出し、どこかに身を隠しているのではないかと考えているようだった。
「つまり、投身自殺は偽装で、サザンクロスから脱出するために一芝居うったってことですかね」
アスカの言葉にコウジとスケロクの二人は黙り込む。しかしそれが一番可能性が高いとも思っているのだ。
「でも、だとしたらユリアさんはいったいどこに……」
「心当たりがあります」
アスカの言葉の途中でコウジが割って入った。
「本当か? 先生!」
「但しっ!!」
コウジは右手を開いて起き上がろうとしたスケロクの前に突き出した。
「この情報を教えるには条件があります」
「条件?」
「スケロクさんは体調の回復に専念する事。これだけは絶対に守ってください」
機先を制されてスケロクは小さく唸る。もし居場所が分かるのなら、当然すぐにでも迎えに行きたいところではある。が、背に腹は代えられない。アナルに人工肛門も代えられない。コウジの言いたいことも分かる。
「私からも、お願いします」
「……む」
アスカにそう言われると、もはやスケロクには反論の余地がない。
「わかったよ……もう無理はしない。だから教えてくれ。ユリアは一体どこにいるんだ?」
「信じますからね……」
静かにそう答えて、コウジはポケットからスマホを取り出し、少し操作してからスケロクに画面を見せた。
「何だこりゃ?」
「SNSって奴ですよ。使ってないんですか?」