旧アジト
「ンフフフフフ。いやあ、元気があって非常によろしい。やっぱり若いっていいですねェ」
奇妙な笑い声をあげながらゆっくりと歩み寄ってくる女性の人影。マリエがまだ変身してはいないが、攻撃の構えを見せる。
「くそっ、バレてたのか……たしか、アルテグラ機関の……ええと、ハカセ?」
「おおっと、短絡はいけませんよ。私は敵対するつもりはないですし、もちろんDT騎士団に通報するつもりもありません」
警戒態勢を解くユキとマリエ。しかしアルテグラ機関は確か山田アキラと共闘関係にあったはず。ならば、なぜ今姿を現したのか。事前にユキの企みを知らなければ先回りすることなどできなかったはず。
「アキラ達に……チクらないの? 仲間なんでしょ? あいつらと……」
警戒態勢は解いたものの、ユキは未だユリアをその背後に庇う様に立っている。アルテグラの目的が分からない。
「私の目的が気になりますカ? そんな大したものはありませんよ。こっちのほうがDT騎士団にユリアさンを預けとくより面白そうだから、ってとこです」
「面白そう……?」
大した意味はないという事か。ますますユキは訝し気な視線を投げかける。
「そう警戒することはないニャ」
聞きなれた声。と言ってもユキは生まれてからこの方、この黒猫が人の言葉を喋ることが出来ることを知らず、つい数か月前にそれを知ったばかりなのではあるが。
「この女に本当に他意はないニャ。二人が何を成し遂げるのかが知りたいだけニャ」
何もなかったはずの空間に黒い穴が開き、そこからゆっくりと這い出てきた、黒猫のフェリア。彼が姿を現すと、黒い穴は消え、再び何もない空間となった。
「そのために、二人を匿ってくれる、という事ニャ」
にわかに二人の顔に光明が差す。渡りに船とはこのことか。ハカセは大きくクマのできた無気力な目でにこりと笑うと、三人を先導して歩き始める。
「長年連れ添った相棒の息子だニャ。ちょっとくらいの便宜を図ってやることくらいわけないニャ」
とはフェリアの弁。
数日前からユキとユリアが何か企んでいることに気付いた彼は二人の会話を物陰から盗み聞きし、今日の作戦を突き止めたのだという。その上でDT騎士団には告げることなく、彼らと利害関係のないアルテグラに助力を求めたと。
僥倖とはこのことを言うのだろう。正直言えばフェリアの助けがなくばサザンクロスを脱出し、その時点で詰みだったに違いない。
DT騎士団は野党および一部与党の政治権力とも結びつき、そして夜王が元ヤクザであり、本業がホストクラブであることを考えれば裏社会とも深く繋がっている。
ユリアが生きていることに気付き、本腰入れて二人を探し始めれば半端な隠れ方ではすぐに探し出されてしまったことだろう。
「あれ? この場所って……」
歩き続けていると、段々と民家も少なくなり、工場や田んぼが見えてくる。少しずつ晴丘市の中心部から離れて言っているのが分かった。そうして、暫くすると、マリエが声をあげたのだ。
「ユリアを掘り起こした場所じゃない」
「え? そうなンですか? 奇遇ですねエ」
あの夜、チカの索敵能力によって偶然にユリアに遭遇した、浅間神社のある小山だった。アルテグラは参道のある階段側ではなく、裏の藪の中に入っていく。獣道もない全く管理されていない雑木林、迷うことなく進んでゆく。
おそらく彼女はどこに何があるのかをしっかりと把握しているのだろう。ユキ達はハカセとフェリアがすいすいと進んでいく後を苦労しながらついていく。
「なんて交通の便が悪いとこなのよ! 服がほつれちゃうじゃん!」
文句があるならもう突いてこなくてもいいのにな、と考えながら後ろを振り返ってマリエに視線をやるユキだが、助けてもらった関係上口には出さない。
ユリアは文句ひとつなく藪の中をぐいぐいと進む。薄手のワンピースしか着てないユリアは藪の枝で白磁のように美しい肌の表面が引っかかれ、ところどころ血を滲ませているようだった。
こうしてみると普通の人間と全く変わらないようだ。シリコンの塊ではなく、人の肌と同じように見える。いくら何でも失礼だと思い聞いてはいないが、「一体どこまで人間なのだろう」というのは少し気になる。
飯も食うし血も流す。おそらくトイレも同じようにするのだろう。閣議決定では「人間ではない」とされたようだが、この少女の何がいったい「人間と違う」というのだろうか。
今はまだ「人間ではない」以上のことはアナウンスされていないが、もしも、だからと言って彼女をぞんざいに扱う者が現れるようなら、自分は容赦しないだろうとユキは決意する。
「やー、辺鄙なところで申し訳ないですネ。色々と人目を避けていたもので」
ほんの少し開けた場所。ハカセは地面の枯葉をささっと払って何かを掴むと、ぐいと引き上げた。地下へもぐるための隠し通路がその姿を露わにする。
「こんなところに……怪しげな秘密結社みたい」
「ま、実際怪しげな秘密結社ですよ」
ユキの独り言にハカセは事も無げに答えながら階段を下りていく。彼女の言うとおり実際に「怪しげな秘密結社」以外の何物でもない。一体何を考えて行動しているのか。
「アルテグラの、最終的な目的は、なんなの? アキラ達と話してる時は適当に言葉を濁してるみたいに感じたけど……」
細い階段を降り続けていくとやがて重厚な扉の前についた。ハカセはごそごそとポケットをまさぐっている。鍵を探しているのだろうか。
ユキは首から下げているウィッチクリスタルの辺りに手を当てながら再度訊ねる。
「こんなものまで作って魔法少女を増やした、本当の目的は何? 何を目指して活動しているの?」
「メイさんのマスコット、知ってますよね?」
ハカセは目当ての鈎を取り出してニヤリと笑った。
「し、知ってる……あの、魔法少女の時はいつも一緒にいる……化け物だよね」
バスケットボール大の一つ目の球体の化け物。人や悪魔の死肉を食らい、異次元に繋がるその口からメイに武器を支給し、同じ口から石化ガスを吐き出す異形の化け物。人の理をはるかに超えた埒外の存在。
「あれはボクみたいな何か元になる生き物がいるマスコットとは全く異なるものだニャ。どこから来たのか、何者なのか、悪魔やマスコット、魔法使いに魔法少女、そういったものとは全く異質な化け物だニャ」
あれが異質なのはよく分かる。
「あンな化け物がどこから来たのか……分かりますか」