押すなよ
「んほおおぉぉおぉおおおぉぉぉッ!!」
人気の少ないサザンクロス最上階に野獣のようなおほ声がこだまする。
「え……? な、なに?」
リモコンを操作したアスカが驚いてボタンを押して再び『弱』に戻した。急に大声を上げて大きく跳ねる様に飛び上がった網場。現在は床に突っ伏してびくんびくんと痙攣している。
「やはり俺の睨んだ通りだぜ」
どうやらスケロクは彼の身に何が起きたのかが分かっているようである。
いったい如何なる事態が網場の体の中に起きているというのか。
それはこれまでの網場の言動を詳らかにしていくことでおおよそは類推できるのだ。
すなわち、網場は経絡秘肛の使い手であり、それによって相手に深刻な打撃を与える事もできれば、逆に体を活性化させてパワーアップさせることもできる、活殺自在の使い手である。
そして、前回の戦いの時に言っていたのだ。前立腺を百パーセント開発することによって人間の恐ろしい潜在能力を十二分に引き出すことができるのだと。
加えてスケロクにはアスカが手にしたリモコンに見覚えがあった。いや、その物を見たことがあるのではないが、しかし『似たような物』は見たことがある。
すなわち、ピンクローターのリモコンである。
― ピンクローター
― 通常は桃色をしていることが多いためこう呼ばれることの多い回転体。
― クルミほどの大きさの本体の中で偏芯した物体がモーターによって回転することで極めて周期の短い振動を繰り返す道具である。
― 携帯電話のバイブレーション機構に使われるものと同じ技術が使われている。
― その振動が何の目的で、どういう時に使われるものなのかは不明。
― どうしてもわからず、知りたい場合は夕飯時など家族が全員集まっているときにお父さんにでも聞いてみよう。その結果何が起きても作者は責任は取らないゾ。
とにかく。
アスカは理解した。どういう原理かは分からないが、どうやらこのボタンを強い方に切り替えると網場が跳びはねるらしい。
「ぐぅぅ、いつの間にそんなところに……落としていたのか……?」
先ほどまでの青ざめた顔色とは対照的に、ほんのり上気した顔で網場はアスカの方を睨みつける。
「とりあえず、もう一度スイッチをボルケーノに」
「まっ、待て!! やめろ!!」
網場の必死な声にアスカは思わずその手を止める。
「いいか! 押すなよ!! 絶対に押すなよ!!」
こくりとアスカは頷く。
ヴイイィィィィィィィィィィィ……
「押すなって言ったのにいいぃぃひぃぃぃぃぃ♡♡♡」
さながらデカい伊勢海老である。
ケツを押さえながらばったんばったんと身もだえしながら跳びはねる網場に驚いて再びアスカが『弱』のスイッチに戻す。
「お……おお……」
一層顔を紅潮させて、網場は四つん這いになった状態で片手で尻を押さえている。
「押すなって、言ったのに……」
「すいません、『押せ』って意味かと思いまして」
意味が分からない。
分からないが、分かる。
あの偉大なリアクション芸人亡き令和のこの世界にも、伝統芸能はしっかりと受け継がれていたのだ。『記憶』は引き継がれ、たとえ命を失っても、その『意思』は死なず、次の世代へと脈々と受け継がれていく。これが人間の『絆』なのだ。
「いいか! 『押すな』に『押すな』以外の意味なんてないんだからな! とにかく、そのリモコンをこっちに……」
「ボルケーノ!」
「ンイイイィィィィィィィ……」
途端に生まれたての小鹿のような立ち方になってしまう網場。生命の神秘を感じさせる。
「はぁ、はぁ……あのなあ……」
リモコンを止めると網場はうつ伏せになって息も絶え絶えの状態でようやく両腕で上半身を支えている、という状態。
「緩急つけないで……」
網場、ピンチである。
アスカはイマイチ状況を理解していないが、スケロクは理解している。今回もそうであったが、前回も、網場は何の予備動作もなく激振肛を発動させた。
前立腺を刺激して強くなるメカニズムはまあ横に置いておくことにする。あまりにも突飛すぎてこれを論理的に解析したところで何の益もないし、魔法に理を求めたところで詮無き事。
だがなぜ何のアクションもなしに激振肛を発動できたのか。
簡単に言えばピンクローターを仕込んでいたのだ。
そして何の因果かそのローターのリモコンが今、女子中学生の手の中に。
網場の生命線を握っているのは、アスカ。
「人が『押すな』っつってんだから大人しく聞いてりゃいいんだよ! 『押すな』ってのは『押すな』って意味でそれ以上でも以下でもないんだからな! ネタ振りとかじゃねえんだよ。いいな! もう一度しか言わないからな。押すなよ! 絶対に押すんじゃないぞ!!」
「ハイ、分かりました!」
気持ちのいい返事。
「ボルケーノッ!!」
そして裏切り。
「んひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ♡♡♡」
這いつくばった状態から一気に網場が立ち上がる。その股間は大きく膨らんでいるように見えた。
「んあぁッ!!」
その時、ブッ、と音がした。アスカが急に目の前に仁王勃ちした網場に驚いていると、彼のズボンのすそからコンッ、と音をさせてピンク色の何かが転がった。
「え……まさか」
「よくもやってくれたな小娘」
おそらくは刺激から逃れるため強くイキんで、ローターが排出されてしまったのだ。汚い。
そして目の前にはローターの軛より解き放たれた一匹の獣。しかも勃起している。女子中学生の目の前で。これは危険である。
「さんざん『押すな』って言ってんのに好き勝手やりやがって……このアマ」
「ひっ……だ、だって、『押すな』って言われたら『押せ』って意味だって……」
いったい誰にそんな話を聞いたのか。ともかく、一転してアスカの絶体絶命のピンチである。
「お前の相手はこの俺だぜ」
「!?」
そう。網場の相手はアスカではない。
「通天双指肛!!」
両手を汲むように握り、人差し指だけを立てる。その状態で立ち上がって背を向けている網場のお菊様にスケロクの両指が奥深く差し込まれたのだ。
「んほおおおぉぉぉおおぉぉ!!」
その衝撃は凄まじく、網場の巨体が宙に浮くほどである。
一か八かの攻撃。網場が前立腺によってパワーアップするのなら、この攻撃は逆効果になる可能性もある。しかしスケロクはこの攻撃に賭けたのだ。
毒も少量なら薬になる。逆もまた然り。おそらく網場がローターの強度を『弱』に合わせていたのは恐らくそれ以上だと刺激が強すぎるからだろう。
ならば、己の指にて、彼のありったけの魔力を前立腺に流し込んでやろうと考えたのだ。
「お前はすでに逝っている」
「うわらば!!」
網場のズボンの中で、粥のごときものが爆ぜた。