ボルケーノ
(これでアスカからの横槍はあるまい)
にやりと笑って網場は再び深く腰を落として構えをとる。
アスカはよほどショックを受けたらしく、床に膝をついてなんとか事務机に体を預けて倒れずにいられる状態である。
そして、表には出さないものの、ショックを受けているのはスケロクも同じであった。
「マリエは、今このビルにいるのか」
早く本人に出会って確認したい。早く確認すればどうなるというものでもないが、それでもだ。彼からすればメンヘラの頭のおかしい女、ではあるものの、かつて自分に好意を寄せてくれた女性、それ以前に彼にとっては少女は無条件に全て庇護対象であるが。
「さあなあ? そういや最近見てねえなあ。もしかしたらもう悪魔化して人でも食ってるのかもしれねえな」
当然の仕儀。彼に教えて利点になることなどない。
「どちらにしろ」
「どちらにしろ」
スケロクと網場の声がハモった。
目の前の敵を倒す。これに尽きる。網場は当然二人を生かして返すつもりなどないし、スケロクは彼を倒し、目の前のユリアを救出する。上手く行けばマリエも探し出して、同じように助け出す。
二人の目的は共通している。
網場がじりじりと間合いを詰め、スケロクは一足飛びに間合いを詰めて攻撃に入る。
網場の貫き手を躱して脇腹に肘打ちを入れるがダメージは見えない。逆にインパクトの瞬間に相打ち狙いでスケロクに打撃を入れてくる始末。
「クッ……」
「どうした? お前の執念はそんなものか!?」
次第に網場の戦い方が変わってきた。奴も学習しているのだ。
完全に動きを止め、両手を前に出して構える。攻撃の意図が見えない。しかしスケロクがそれに気づいた時には遅かった。
以前の戦いでもそうだったが、力で上回る網場はスケロクよりも踏み込みが小さくとも済む。しかしスケロクは強く深く踏み込まなければ網場に有効打を与えられないのだ。
前回戦った時にそれでもスケロクが網場を崩せたのは向こうがまだ攻撃の意図を見せたからであった。しかし完全に受けに回った者を崩すのは至難の業である。
おそらくは網場の意図通り、スケロクは捉えられてしまった。右手首を押さえられ、反対の手でスケロクの喉を鷲掴みにする。その状態で押し倒すようにのしかかり、動きが封じられた。
「捕まえたぞ。これで終わりだ」
「くっ……」
万事休す。
スケロクの首を掴んでいる腕からは人間の頸椎など軽く握りつぶすほどの膂力を感じさせる圧力が伝わってくる。
「す……スケロクさん!!」
茫然自失としていたアスカがようやく自分を取り戻した。もはや魔法少女のリスクだなんだと言っていられない事態なのではないか、と。
実際彼女の知っている範囲でも、メイやキリエなど魔法少女をやっていても理性を失っていない人間はいるのだ。(キリエは微妙だが)
ならば今こそ自分がその力を使う時。そう思ったのだが。
「アスカ……」
圧し潰されそうな気道を通って、スケロクが声を絞り出す。彼が助けを求めてくれたなら、背中を押してくれたなら、きっと彼女は迷うことなく魔法を使っただろう。
「逃げ、ろ……」
彼がそんな事を希うわけがなかったのだ。
感情が溢れそうになる。
頭の中が引っ掻き回されたかのようにぐちゃぐちゃに、エントロピーが増大していく。
おそらくは自分のやらなければならないことは分かっているのだ。たった一度魔法を使ったくらいではおそらく魔法少女が悪魔化したりはしない。ならすぐに目の前のスケロクを助けるべきなのであろうが、しかしあまりに一度にいろんなことが起きすぎて頭が追い付かない。混乱しているのだ。
「私は……私は、どうすれば……」
ようやくアスカは事務机に寄りかかりながらも立ち上がる。網場はその姿を見て、そして手に力を籠めようとした。
この状態ならばおそらくアスカはまだ攻撃態勢には入れない。今のうちにスケロクを始末しようと。
「ん……これは」
机に手を乗せて体を支えているアスカ。その指先に何かが当たった。
プラスチック製の、5センチほどの小さな固まり。どうやら何かのリモコンのようだ。電源マークがある。
普段なら特に気にすることも無いようなものであるし、ましてやこの非常事態にそんなものに構ってる暇などないはずなのであるが、しかしなぜか彼女はそれが気になった。
「あっ!!」
それは、そのリモコンを手に取った際に網場が小さく声をあげたからかもしれない。
おそらくは腕に込める力が弱くなったのだろう。スケロクも疑問符を浮かべている。
「この、リモコンが何か……?」
「いや……」
アミバが顔を逸らしてまたスケロクの方を見る、ようなしぐさを見せているが、しっかりと視線だけでアスカの方を見ている。どうもおかしい。
これは一体何のリモコンなのか。
アスカが気になってリモコンをよくよく見てみると、電源ボタンの他に4つの小さなボタンのようなものがついている。
下から順に「弱」「中」「強」そして「ボルケーノ」……現在は「弱」のところのボタン横にあるLEDランプがついている。
「なんだろう、これ?」
「やっ、やめろ! それに触るな!!」
突如として網場の声色に焦りが見えた。スケロクにとどめを刺そうとしていた力も緩んでいるように見える。このリモコンが一体何だというのか。
しかしスケロクにはこれが何なのかどうやらピンとくるものがあったようである。
「アスカ! 間合いを取れ! そのリモコンを奪われるなよ!!」
網場はもうスケロクの事は解放してアスカの方に近づいてリモコンを取り戻そうとしたが、しかし一瞬早くスケロクの言葉に反応してアスカが大きく距離を取った。
どうやらこのリモコンを奪われることが網場にとってはよほど都合が悪いようである。それが何なのかは分からないが、しかし相手の嫌がることをやるのが闘争の基本。アスカはリモコンをつぶさに観察する。
「アスカ! リモコンの状態は今どうなってる!?」
「『弱』のランプがついてます!」
網場の顔が青ざめる。アスカは次の指示を仰ぐため、首を絞められてまだ体に力が入っておらず、床にはいつくばっているスケロクに視線を合わせた。
「最強にしろ!!」
「や、やめろ!!」
しかしアスカは無情にもスケロクの指示にこくりと頷いてリモコンのボタンに指を這わせる。
「ヴォルケエェェイノオオオォォォ!!」
「んほおおぉぉおぉおおおぉぉぉッ♡♡♡」