子供好き
「で、本当にメイさんはセンパイとはそういう関係じゃないんスか?」
「しつこいわね。何で私があんなロリコン野郎と深い関係になんなきゃいけないのよ」
晴丘市のバーで、二人の女性がソファに座って落ち着いて酒を飲んでいた。柔らかな明かりの中、二人のグラスが琥珀色に輝く。普段はウォッカやテキーラベースのカクテルを好んで飲んでいるメイだったが、今日はリンゴ風味のバーボンを飲んでいる。
一方メイの対面に座っている小柄な女性、如月杏はジュースのようなカクテルばかり好んで飲んでいる。年齢不詳な外見であるが、当然の如く未成年ではない。
「……まあ、口では何とでも言えるッスもんね……」
ふうっと悩ましげな吐息を吐き出して、ことりとグラスをテーブルの上に置く。相当飲まないと顔が赤くならないメイと違って、杏は既に紅潮した顔をしている。
「何でそこまで私とスケロクをくっつけようとすんのよ」
「だって、センパイいい男スもん。そんな小さい頃から一緒にいる幼馴染なら、好きにならないはずないスもん」
右手の指先を眉間に当ててため息を吐くメイ。
なぜこんなことになったのか。この勘違い女とサシで飲むことになったのか。
――――――――――――――――
「その間、如月を頼む。あの野郎最近俺から目を離そうとしやがらねえ」
真剣な表情で、しかし嫌そうにメイに『お願い』をするスケロク。
「舞台は整ってんだ。遠征の講演会やらでサザンクロスが手薄になる日が分かった。次の襲撃で俺は何としてもユリアを取り戻す」
「それであの女が邪魔ってこと?」
メイが尋ねるとスケロクは少し不思議そうな表情をした。
「女……ああ、そういやあいつ女だったな」
スケロクに好意を寄せる後輩の女、如月杏。しかしスケロクは彼女の性別すらまともに把握していなかった。
「あ、あのさあ。あんたあいつの事どう思ってるわけ?」
いくら何でも不憫に思えてきた。尻尾振ってるのが幻覚で見えそうなほどにスケロクを慕っており、近づく女を排除しようと必死に動き回っているというのに、当のスケロクは女だという事すら認識していなかった。
「どうって……」
メンヘラやら男の娘やらダッチワイフやら変なものにばかりやたらとモテるスケロク。彼自身はそういった好意を寄せるものをどう思っているのか。
「なんか熱源があるなぁ、とは思ってるけど」
頭を抱えるメイ。
「それはそれとしてさあ……」
杏の好意をスケロクに伝えるにはまず彼女を生物としてスケロクに認識してもらわなければならない。しかしそれはあまりにも遠く険しい道。正直言って付き合ってらんない。お前らで勝手にやれ。
「あんたそんな状態で本気でサザンクロスにカチコミかけるつもり?」
現在二人が話している場所は相変わらず総合病院の個室。スケロクはベッドの上である。
「体長は万全とは言えねえが、しかしこのチャンスを逃したら次はいつになるか分からねえ。やれるうちに確実にやっておきたい」
スケロクから監視を外さない杏の気持ちもわかる。まだ退院もできていないというのにサザンクロスに再びカチコミをかけて、ユリアを取り戻そうというのだ。無茶にもほどがある。
そして、杏のマークを外すために、その間彼女の相手をしていてくれというのがスケロクの頼みである。
――――――――――――――――
「あんたさあ、スケロクのどこが好きなわけ?」
「なあっ!?」
メイが問いかけると如月杏は大いに取り乱した。酒で赤く染まった頬をより一層色濃く染める。
「すすすす好きって、あたしが、先輩をッスか? あ、あたしは別に、そんな事ッ……」
慌てて否定する杏であるが、それを射すくめるメイの視線。今時そんなベタなツンデレで文字数を消費するのはSDGsに反すると言わざるを得ない。
「うう」と呻きながら、杏はマドラーでカクテルを所在なさげにかき回す。
「センパイはね……」
観念したのか、小さな声で語り出した。
「子供好きなんスよ」
悪い意味で。
「多分だけどね。あんたが思ってる『子供好き』と、スケロクの実態がかけ離れているというか……」
メイは杏の言葉に疑問を差し挟んだが、しかし彼女は退かなかった。
「ちがうんス。それは別にいいんス」
ロリコンはいいのか。
「センパイは、子供を助けるためならどんなことでもするし、決してあきらめない。周りの女受けだとか、評価だとか、そんなの一切気にせず子供のためだけを思って行動するんスよ」
言いたいことは分かる。
確かにスケロクは女受けも世間の評価も求めない。
というか、スケロクの「モテたい対象」自体がその「子供」なのだから、そもそもそんなこと気にする必要が一切ないのだ。最近の行動を見ていると「子供」自体にどう思われても助けられればそれすらどうでもいいように感じるが。
「そういう、『見返りを求めない愛』を実行に移すことが出来るセンパイに……ほ、惚れちゃったんス」
最後の方は殆ど聞き取ることもできないほどの小さな声だった。小さく肩を寄せ、顔を真っ赤にして、今にも消え入りそうな。とてもアラサーの女とは思えない純真な気持ち。
「だ、だから。別にセンパイに恋愛対象と見られたいとか、そういうんじゃないんス……そりゃ付き合えたら嬉しいスけど」
だからといって熱源扱いは悲しい気もするが。
「ま、あんたの言いたいことは分からんでもないわ」
そう言ってメイはバーボンをくい、とあおった。
「自分と同じ気持ちなのか」と杏はメイを睨んだがそういう事ではない。どちらかというとメイが同じなのは杏ではなくスケロクの方である。
彼女も子供を守るため、市民を守るため、世間から白眼視され、一言の感謝も貰わず、闇の中で戦い続けてきた身なのだ。
つい最近久しぶりに再会するまでのスケロクの事は詳しくは知らないが、しかしこの如月杏を見ているとスケロクの人となりが分かるようであった。
「だとしたら……やっぱりあの子をつけたのは正解だったわね」
「え? 何がスか?」
「こっちの話よ」
メイとスケロクで決定的に違うところが一つある。
理由はスケロクは大人になってから戦い始めたが、メイは子供の頃から戦い続けていることにある。
スケロクは基本的に子供を戦いから遠ざけようとするのだが、メイは違う。必要とあらば、時には子供にも戦うことを求めるのだ。
――――――――――――――――
「さて……」
病室の明かりを消し、月明りの中で覚悟を決めるスケロク。
「私も……一緒に行きます」
その彼の背中に、声をかける少女。
「アスカ……」




