閣議決定
「ああああああクソ!!」
「落ち着けアキラ。体育館の外まで聞こえるぞ」
講演会の終了から三十分ほど経った体育館。会場の片付けもそろそろ終わろうという時間なのに網場と山田アキラはいまだにステージ裏の舞台袖でくだを巻いていた。
当然のことながら、アキラは大層荒れている。一方の網場は他人事のようににやにやと笑いながらそれを宥める。
メイへの怒りが網場への怒りで上塗りされる。
冷静に考えてみれば悪いのは全部コイツだ。
よせばいいのに壇上でメイを挑発するような言葉を吐き、当然のことながら『弁えない女』であるメイはそれに黙っていることが出来ずに反撃を開始した。結果として、網場もアキラもメイには歯が立たず、公衆の面前で叩きのめされることとなったのだ。
「……やっぱり、あの女は危険だ。始末するか、取り込むか、二つに一つだ」
眉間に皺を寄せて憎しみの顔を見せるアキラだが、網場は一歩引いたような態度だ。
「始末するって、どうやって? 取り込むなんてそれこそ無理だろう」
網場の考えとしては「メイの事はとりあえず保留」にしたいというのが正直なところだ。
正直言えば、ゲームや漫画とは違うのだから現実には『敵を殲滅する』ことなどできないし、する必要もないのだ。自分の勢力が強くなるか、逆に敵の勢力をある程度削ぐことが出来ればそれ以上の必要はない。
網場の認識としては魔法少女の側に市民の心はついていってはいない。ついて言っているとしても局所的なもの。これ以上の追撃、深追いは自分達が火傷する可能性の方が高いとの判断だった。
いわばこれは私怨ともいうべきもの。アキラにはそれだけの執着が彼女に対してあったのだ。
「やれるかどうかじゃない。やるんだ。いいか、網場。他の魔法少女が敵対してようがどうでもいい。警察に睨まれようが、スケロクがうろちょろしてようが構わない。だがあの女、メイだけは別だ。あの女は、俺が必ず手に入れる」
確かに美人だとは思う。胸もデカい。だが網場にはアキラがなぜメイにそこまで執着するのかがどうしてもわからない。身長が高すぎ、鼻っ柱が強く、筋肉質で、しかも若くもない。
「何であんなババアにそんなに執着する。俺達は有名人だぜ? その気になれば女なんて選り取り見取りだ。なあ、アキラ。メイだけが女じゃ……」
「黙れ童貞!!」
それを言われるとぐうの音も出ない。
「これを見ろ、網場」
そう言ってアキラはスマホを取り出した。その画面にはどうやら新聞社かどこかのウェブサイトの記事が映し出されている。
「ん? なんだこりゃ? ユリアさんが……ダッチワイフであることを、閣議決定? いや、ホントになんだこりゃ」
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「……え~、以上のように、ですね。関係各所への調査と共にしっかりと検討した結果、ですね、製造元のオリエンタル工業の製造ロット、出荷記録、ですね。これと合致したこともあり、政府といたしましては、この、ユリアさんを、ですね。ダッチワイフとして認定するよう、閣議決定いたしました」
「ふざけるな!」
「真面目にやってるのか!」
「検討使が!」
首相の答弁に対して待ってましたとばかりに噛みつき、ヤジを飛ばす。見慣れた国会の風景である。
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「……と、言うようなことがあったんだ」
「マジか。大丈夫なのかこの国」
ホストに心配されるような事ではない。が、これは別に行政府の長たる内閣府がこんな事ばかりして遊んでいるというわけではない。
単に国会の開会中に議長を経由して国会議員が質問主意書を内閣に対して提出すると、内閣側は各省庁の長と協議して答弁をする必要があり、この各省庁とのコンセンサスを「閣議決定」と呼ぶのである。
この場合あまりにもアホな内容の閣議決定を見て網場は「この国大丈夫なのか」と発言したのだが、アホな閣議決定の裏にはアホな質問主意書が存在するのだ。近年の例では「大臣が『セクシー』って発言とかちょっと聞いたことなくないスか?」という意味不明な質問主意書が提出された例もある。
つまり、「大丈夫か」「大丈夫でないか」といえば、どちらかと言えば「大丈夫ではない」。
とはいえ。
アキラはこの記事を通して何が言いたいのか。
「あの女、ユリアは『使える』と言っただろう。俺達は、アレを上手く使ってとうとう国政にまで食い込んでるんだ」
正直を言うとユリアの一件については非常にショッキングな内容で、大いに議論を読んだ。
当初はあまりにも荒唐無稽すぎて週刊誌のゴシップレベルではあったものの、彼女が結構マジで「自分はダッチワイフ」だと主張していること、そしてそのダッチワイフを購入し、性のはけ口としていたのが警察庁のエリートだという事が分かって潮目が一気に変わった。
当然ながら一般社会では「ダッチワイフが偶然神性を得て意識を持ち、人間と同じように歩き回るようになった」などと言う説明で納得するはずがない。
ならばあの女は何者なのか。どこかから攫われてきた可哀そうな少女。自分の事をダッチワイフだと思い込んでいる精神異常者。そんな精神状態になるほどの過酷な性的虐待を警察庁のエリートがしていたのかと、スケロクはSNSをやっていないので知らないが、連日燃えに燃えた。
それこそ血に飢えた社会正義の戦士達が「獲物見つけたり」と言わんばかりにあることないことあげつらってスケロクをつるし上げたのだが、本人がSNSをやっていないのでノーダメであった。
しかも、何をどれだけ探そうとも結局『ユリア』の正体がなんなのか、これが全く分からなかったのだ。
これほどの美少女ならば近所の人間が知らないわけがない。もしやどこか人目につかないよう旧家の座敷牢ででも育てられたのか。手塚治虫の奇子の世界か。それともどこかから来たボートピープルなのか。憶測は憶測を呼び、疑惑は深まった。
しかし深まれども真実はどこからも出てこない。本人が出てこない以上炎上もさせられない。田舎の高校なら喜び勇んで電話突撃かます正義の戦士でもさすがに警察庁に電突するような胆力はない。
野党はとりあえず審議拒否して長期休暇に入ったものの、そもそも落としどころがどこなのか分からない。
そんな中、オリエンタル工業制作のラブドールと、ユリアの外見、身長が完全に一致するとの情報が浮上したのだった。
ユリアの製造元をオリ○ント工業からオリエンタル工業に変更しました。