専守防衛
衆人環視の中、体育館のステージ上で相対する二人。
サザンクロスのナンバー2ホスト、網場と、中学校教師、葛葉メイ。DT騎士団幹部の男網場と、魔法熟女プリティメイ。
とうとうDT騎士団と魔法熟女が正面切って戦う時が来たのだ。
「おや、市内の中学校とは知っていましたが、まさかこの学校だったとは」
「白々しいセリフを言うんじゃないわよ。文句があるなら直接言えってんの」
もはや何者も此れをとどめ得ず。
「暴力で物事を解決するあなたの姿勢に問題があると言ってるんですよ」
網場は余裕の態度を崩さない。
メイは既に一足一刀の間合いまで詰めてはいるものの、しかしさすがにこのシチュエーションでいきなり暴力に及ぶほど考え無しの女ではないし、網場もそれを分かっている。
当然生徒達虹衛兵に詰め寄られた時の様な『恫喝』も使えないし、それが有効な相手ではない。
「メイさん……どうするつもりなんだ」
体育館の一番後方、一般席にいる男が小声で呟いた。
堀田コウジである。
メイがペン立て状になったスケロクを担ぎこんで来院した日から、なんとなくもやもやしたものが心の中から晴れず、しかしそれを直接メイに問いただす勇気もなく、悶々とした日々を過ごしていた。
あれから数回はメイとアプリでメッセージのやり取りはしていたものの、デートなどで直接会ったことは一度もない。
あの件の裏で何があったのか、それを自分の口から直接聞くことで現実が確定されてしまうような気がして、メイに会うのが怖かったのだ。
聞かないうちは、スケロクと付き合っているかもしれないメイと、自分と付き合っているメイが半々の確率で同時に重ね合わせて存在している状態、量子力学的恋愛理論。
だが、二人ともに三十路の男女である。ここから恋愛、結婚、出産を考えた場合残された時間はそう長くはないのだ。まどろみの時間からはいつか目覚めなけれならない。
DT騎士団のやっている講演会というものにも興味があったし、出来ればその講演会の後で、何とかしてメイにコンタクトを取って、いい加減この膠着状態に決着をつけたい。そう思っての講演会への参加であった。
臆病な人生だった。
本当に臆病に生きてきた。
自分が傷つくことを恐れ、前に出ることを恐れて生きてきた。二十代も後半になり、流石にこのままではまずいと思った時には、もう周りには誰もいなかった。二十歳の頃にはまだ時々合コンに誘われることもあったが、その頃にはもう誰も声をかけてはこなかった。
周りは皆、もう結婚しているか特定の異性を既に射止めており、合コンを必要としていないか、既に諦めている人間ばかりだったし、そもそも激務のため友人づきあい自体が少なくなっていた。
その残り少ない友人も子供が生まれると合コンどころか会う事すらなくなっていった。
もう自分には恋愛など無理なのかもしれない。そう思っていた頃、まさしく降ってわいたようにメイとの出会いがあったのだ。
それでもおそらくは他人から見たら「舐めてんのか」と言われるような遅い歩みではあったろうが、彼は「これが最後のチャンス」とばかりにグイグイとメイにのめり込むように好意を寄せたつもりであった。
だがもし、紹介してくれたスケロク自身が彼女と付き合っているようなことがあったとしたら……本気で好意を寄せるコウジを陰であざ笑っているようなことがあったら、それこそ二度と立ち直れないほどのダメージを受ける。
そう思って一時は身を引こうとさえ思った彼であったが、気づけばここにいた。
「へえ、じゃああんたは人を襲う悪魔を説得してやめさせるとでも言うの」
「あなたの先ず暴力で解決しようという姿勢に問題があると言ってるんですよ。テレビの放送でもいきなり襲い掛かっていたように見えましたけど?」
網場の言っていることはコウジには『綺麗事』に映った。彼自身何度か怪異に遭遇しているからこそ分かる。『魔法使い』や『悪魔』が如何に尋常ならざる暴力性を持っているか。
対するメイも尋常でない戦闘能力をもってはいるが、人間の域を大きく逸脱したものではない。人間があれに対抗しようとしたら『先制攻撃』までも譲ってしまったらもう勝ち目はないのだ。
「教師のくせに憲法も知らないんですか。基本は専守防衛です。どうしても話し合いで解決できず、向こうが暴力の姿勢を見せてくるなら、その時初めて頼る最終手段が『暴力』ですよ」
弱い者が強い者に抵抗しようとしたら『先制攻撃』という最大のカードまでも相手に譲ってしまったらもはや勝ち目はない。メイの戦いを目撃したことのある彼にはそれが一番よくわかる。
専守防衛とは相手が本気でない時か、攻め込めない理由があるか、もしくはよほどの実力差があり、こちら側が圧倒的に有利な時にしか成り立たないのだ。
「あなたみたいな人がいるから戦争が起きるんです。みなが暴力を捨て、愛をもってして事に当たれば、少なくとも命まで取られることはありません。葛葉先生の暴力的な姿勢はあなただけじゃなく周りの人まで危険に陥れてるんですよ」
ヤニアの鏡の世界の中で見た白骨化した死体を思い出した。あの死体は、何か落ち度があって殺されたのだろうか。今となっては知ることもできないが、コウジにはそう思えなかった。
「よくないな……」
再び小さな声で呟くコウジ。
自分の考え方にバイアスがかかっていることに気付いた。
無意識にメイの肩ばかり持っている。
既にDT騎士団の企みを知っており、葛葉メイとは付き合っているのだからそれも当然なのであるが、しかし彼の信条としては「誰の言った言葉か」よりも重要なのは「何を言っているか」なのだ。講演会の内容も、出来るだけフラットな気持ちで「何を言っているか」を観察しようと思っていたのだが、どうしてもメイの味方ばかりしてしまう。
「私が好きで暴力を振るっているとでも思っているの」
「警察にでも任せればいいでしょう。あなたみたいな女性が闘う必要がどこにあります」
二人の言葉を聞いて胸が締め付けられるような気がした。
実を言えばほんの少し、心のどこかで思ってはいたことなのだ。「なぜ、メイがそんな危険な事をしなければいけないのか」と。
はっきりと分かった。
自分はやはりメイの事が好きなのだと。
それは、認識や知覚を越えたプリミティブな雄としての本能であったのだろう。
自分よりも背が高く、体格も良く、経験もあり戦闘能力が遥かに高い。それでいて強靭な精神を持っている葛葉メイを、彼は「守りたい」と感じていたのだ。
儚い少女だからでもない。自分が強いからでもない。
ただただ、心の底から、愛する人を守りたいと思ったのだ。
「今から」
壇上でメイが口を開く。
「お前をぶん殴る」
「え?」