アルテグラ機関
サザンクロスの地下。
この建物は地下が二階まであるのだが、両方とも空きフロアになっており、その地下二階である。
運び込まれたばかりの、資料の山、書架、実験機材。最新のスーパーコンピューターもどきから怪しげな魔法陣や錬金術、黒魔術の道具。さながら陰謀論のごった煮という趣である。
「こいつは凄いな。魔法少女のバックにそんな連中がいるんだろうな、とは思ってはいたが、こうやって実物を拝見すると感無量といったところだ」
妙に演技がかった口調で喋りながら山田アキラが辺りを見回す。
山田アキラにDT騎士団の幹部3人、そして有村ユキと赤塚マリエ。彼らの先頭には黒猫のフェリア。
「ンふふふふ、お招きいただきありがとうございまス。こちらこそ感無量ですヨ。本来敵対する魔法少女側と、悪魔であるアキラさんが協力者として手を取り合うなんてネ」
鼻につくような妙な声で丁寧なあいさつをしたのは小柄な二十歳そこいらの女性だった。髪はボサボサで白衣を着ており、スカートをはいていることからかろうじて女性と分かるものの、猫背で、凹凸の無いからだは性的魅力に欠ける。人のよさそうな垂れ目ではあるが、その目の下にはくまがある。如何にも研究者、といった様子の出で立ちである。
彼女の後ろでは数人の男性がごそごそと荷物の整理をしたり、機材の動作チェックをしているのだが、全く言葉を発さず、生気が感じられない。目の前の女性を見る限りよほどハードな職場なのだろうか。
本来は人類の味方側である魔法少女を生み出した側と、人類に敵対する『悪魔』と呼ばれる存在である山田アキラは敵対関係にあるはず、そこは確かに彼女の言うとおりである。
しかしこの者らを『人類の味方』と言ってよい物かどうか。アキラ達は事前に魔法少女の恐るべきリスクについて聞いているため、むしろ邪悪なたくらみしか感じられない。
その『リスク』については未だユキとマリエには伏せているものの、二人もこの怪しげな団体には本能的に恐怖を感じているようである。
「その……魔術についても詳しいんなら、私のこの腕を治すこともできるんですか?」
そう言ってジャキはスーツとシャツをめくって石化した右腕を見せた。
「なんですかそれ、こわ……そンなの初めて見ました。人間の腕が石になるなんて、こわい……二度と見せないでください。ほンとこわい……」
ジャキは泣きそうな表情で袖を元に戻す。
「誰にやられたか知らないけど、やった人に治してもらって下さイ。今度それ見せたら大声で人を呼びますからネ」
さらに追い打ちをかける女。ジャキは涙ぐみながら一番後ろに下がった。
「しかしまあ分かる事なら協力しますヨ。こうやって場所も提供していただき、スポンサードもしてくれる。願ったりかなったりです」
「待て」
女の言葉を止めたのは夜王であった。
「うぬらの目的はなんだ。魔法少女をつくりだし、人の世の秩序を保つのが本道ではないのか? もし我らと相反するならば、協力はせぬ。返答如何によってはここを墓所としてやるが」
強者の理論。言葉と意図は隠さない。それほどの圧倒的力を持っているという傲慢と、そして高い目的意識がそうさせる。
「目的……んふふふふ、目的、ですか」
くぐもったような独特な声で笑い、うろうろと歩きながら女は答える。
「私たちはたしかに魔法少女を作り出し、あなた達悪魔を討伐させてきました。しかしそれが目的ではなイ」
「だったら何を……」
喋りかけたアキラの言葉を遮り、女は言葉を続ける。
「小動物に知恵と特殊能力を与え、魔法少女を誘導してきましタ。しかしそれが目的でもない」
「こいつ大丈夫なのか?」
網場が女を指差してアキラに尋ねる。しかしアキラがその答えを持ち合わせているわけがないし、そんな事を尋ねなくても、この女が尋常な精神の持ち主ではないことは火を見るより明らかである。
「ただの少女に力を与えて、警察や自衛隊でも手に負えないこの世の悪魔と戦わせることが出来る。その代償となった少女の魂を集めることが出来る。しかしそれが目的ではなイ」
「もったいぶらずに言え! どうせただの愉快犯だろうが!!」
焦らされてイライラしたのか、網場が高圧的に指さしながら怒鳴りつける。この男、おそらく夜王が高圧的な態度に出たのでそれに倣ったのだろうが、全くの考え無しに発言をするきらいがある。
「目的なんてもんはどうでもいいンですよ。んひひ。私はただ理性の垣根を解きはらって人間が自由に行動し、その因果がこの世界にダイレクトに何をもたらすのか、それが見たいだけでス」
ほぼ網場の正解だった。
「力を与えた先が『善』か『悪』かなど興味はないンです。そもそも善悪なんてよく分かりませンし。だから私は望まれれば誰にでも、何人でも、好きなままに、望むままに無制限に力を与えまス。それをどう使うかはあなた方次第でス」
「言いたいことは分かったが、ここに居を構える以上スポンサーの意志には従ってもらうぞ」
あまりにも無軌道な発言。しかし山田アキラは締めるところはしっかり締める。それもそのはず。今この女の気まぐれでメイ達の方に妙な力など与えられたりしたら困るのだ。
「ま、大丈夫ニャ。その辺の舵取りはボクがやらせてもらうニャ」
元々は黒猫のフェリアはこの集団が生み出した魔法生物ではあるが、しかし彼もこの道二十年のベテランなのだ。アキラの発言を受けて仲介を申し出た。
(この女の無軌道っぷりは理解できたが、しかしフェリアはこの女の支配下にあるわけじゃないのか? こいつが舵取りをするのは矛盾する気がするが……)
少し腑に落ちないところはあるが、山田アキラは考えるのをやめた。所詮畜生。猫の考えることなどに想いを馳せても得る物など何もないと考えたからだ。
「それはともかくお前の名はなんだ? こっちの名前は教えたってのにそっちは名乗りもなしか?」
網場は相変わらず高圧的な態度である。しかし女がそれに対して不快感を見せないので話はそのまま進む。
「名前などお好きに呼んでくれれば……」
「じゃあ『ハカセ』な」
安直である。
「この組織の名前は? 二十年以上も昔から活動してるなら仮の名前でもいいからあるだろう」
「ええ、もちろん。私達は魔術と科学の『究極的な統合』から取って、『アルテグラ機関』と呼んでまス」