如月杏
「センパイ? スケロクの後輩なの?」
「そっスよ」
少し距離を取った謎の女、如月杏は口をとがらせて応える。なんとなくだが、挑戦的というか、メイに対して敵意を持っているように感じられる。
「で? なんなんスか。センパイの」
そうだ。そういえばそういう話だった。
「別に。ただの友達よ」
実際そうなのだ。別に仕事の関係でもない。共闘しているのはたまたま目的が一致しただけ。あとは合コンを開いてもらったり、たまに一緒に飲みに行ったり。まさに普通の友人関係だ。
「嘘だ! センパイに友達はいないッス!!」
断言された。たしかに独善的でズバズバものを言うスケロクに友達がいないのは知っている。同様に独善的でズバズバものを言うメイにもスケロク意外に友人がいないが。
「ホントよ。一緒に飲みに行ったりする友人。それ以外の何物でもないわ」
「飲みに!? アタシでも一緒に飲みに行ってくれないのに!!」
とりあえずこの女がスケロクの友人未満なのだという事は確定した。メイも心の中で確信する。スケロクはこういう面倒なタイプの人間が嫌いだからだ。
「というかあなたさあ、私が友人じゃないと思うならなんだと思ってるわけ?」
メイもこういう面倒なタイプは嫌いだ。何か思う事があるのならはっきり言って欲しいのだ。
如月は顎に手を当ててじっとメイの目を見る。黒目がちな澄んだ目はまるで人の心の奥底まで見透かすようにメイを覗き込んでいる。
「セフレっスね」
全然見透かせてない。
他の人間からは二人はそう見えるのか。それともこの女がアホなだけなのか。正直メイはあの男と男女の関係だと思われるだけで吐き気がする。小さい頃からの幼馴染で、男女というよりは兄弟みたいな感覚の方が強い。
いっそのこと魔法少女と公安の共闘を指摘された方がまだマシである。実際のところスケロクが公安であることも、メイが魔法少女であることも、既に全国ネットで放送されている事実であるので、その答えにたどり着くことは一般人でも出来るのだ。
「でも残念ッスね。あんたとセンパイは体だけの関係ッスよ。心までは奪えないッス」
勝ち誇ったような表情を見せる如月。メイはうんざり顔である。
「だって先輩は若い子がスキなんスから」
既に周知の事実である。先だって全国放送で暴露された内容だ。
「センパイに抱かれていい気になってるかもしんないスけど、所詮は一時の気の迷い、ダッチワイフ代わりに使われてるだけってなんで気づかないんスかね~?」
狙って発言しているのかどうかわからないが、こちとらそのダッチワイフのせいでここ最近大わらわなのだ。この言葉はメイの神経を大いに逆なでした。
「あんたいったい何が言いたいのよ」
スーツの襟首を掴んで捻りあげると、小柄な如月は足が宙に浮いた。いくら体格差があるとはいえ、そんな漫画みたいなことが出来るとは思ってはいなかった如月は焦りの表情を見せる。ただの大柄な女ではない。デッドリフトで百六十キロ上げる化け物なのだ。
如月はジタバタと足掻いてやっとメイの手を外すと、荒い息を吐きながら少し距離を取った。
「い、いきなり暴力とは噂通りの狂犬スね。
いいスか! 調子に乗んなって言いたいんスよ! あんたみたいなおばさんよりも! あたしみたいな若い子の方がセンパイは好きなんスから!!」
意思の疎通が取れない。
メイとの間でもそうなのではあるが、深刻なのはスケロクとの意思疎通が出来ていないことだ。
なぜならスケロクが好きな『若い子』の対象にはおそらくこの女は入っていない。彼はもっと違法に若い子が好きなのだから。
「ところであんたは公安なの? センパイとか言ってたけど」
もうこの女の話に付き合っても得られるものはあるまい。メイはそう思って話題を切り替え、自分の聞きたいことを聞くことにした。
「ああ、まあ似たようなもんスけど公安じゃないスよ。センパイとは大学の先輩後輩の関係ッス」
大学の後輩……ということは喋り方も若い感じがするし、見た目も若そうではあるが、もし在学中に先輩後輩の関係であったならば最大でも四歳差。スケロクは今年で三十三歳なので、如月は二十九歳以上。アラサーである。
(私とたいして変わらんやんけ……)
そんな奴に『おばさん』呼ばわりされたのか、と少し凹む。
「ところであんたはスケロクと何の話してたのよ。お見舞いだけ?」
「私としてはお見舞いだけで来てもいいんスけどね……センパイ『用もないのに来んな』とか言うんスよ。ヒドくないスか?」
(全然相手にされとらんやんけ)
別にメイ自身はスケロクに対して思うところはないのだが、しかし目の前の小生意気な女が彼に相手にされていないと知ると、友人として確固たる地位を築いているメイとしては少し優越感を感じる。
「なんで今日は仕事の話ッス。センパイ今公安の仕事でサザンクロスを追ってるじゃないっスか」
いきなり公安の捜査情報を喋り出す女。
その内容を知ってはいるものの、メイは『この話、聞いていいやつなのか』と目が泳ぎ出す。この女、もし警察の関係者だとしたら相当アレな奴である。
「でね、捜査が行き詰まっちゃったんで、信頼できる協力者ってことで、あたしにお呼びがかかったんスよ!!」
鼻の穴を大きく膨らませて親指で自分をびっと指差す如月。
「まっ、持つべきものは有能な後輩ッスよね。さすが先輩は見る目があるッス」
そうだろうか。
彼女の有能さについては今のやり取りだけ見てもかなり疑問符のつくような気がしないでもない。
「で、ッスね。潜入捜査しようと思うんスけど、サザンクロスに出入りしてる人間で誰か知り合いいないッスか?」
しかもいきなり一般人に協力を大声で頼む。色々と極まってる女である。とはいうものの、実は知り合いが山ほどサザンクロスに出入りしているメイ。
幼馴染みの有村キリエ、その息子の有村ユキ、そして生徒の赤塚マリエ。さらに本人も客として一度、さらにもう一度カチコミで行ったことがある。
この中でサザンクロス側に寝返っておらず、敵対もせずにサザンクロスに出入りしている人間というと有村キリエになる。
「あれ? でも潜入捜査って日本じゃ違法じゃなかったかしら? というか初対面の人間にそんなに捜査情報ぽろぽろ喋っていいものなの? 私が誰か他の人、サザンクロスに情報ばらしたらどうするのよ」
「大丈夫ッスよ」
あまりにも迂闊な事を喋る如月に対してメイはとりあえず思いつく限りの疑問をぶつけてみるのだが、しかし如月は半笑いで答えた。
「いい歳こいて自分の事『魔法少女』とか言うおばさんの言う事なんて誰も真に受けないッスよ」
この女、全て知っていた。