リスク
「魔法を使う事のリスク……それはいったい?」
サザンクロスの暗い廊下で目を爛々と輝かせているフェリアにアキラは尋ねる。
フェリアはちらりと後ろを見た。控室のドアは閉じている。ユキやユリアには聞かれてはいないだろうが、しかしジャキも話を聞いている。
しかし彼には特に黙っている必要はないと考えたのか、フェリアは続きを話し始めた。
「まず、魔法を使う人種には三種類いるニャ。先ずは理性と人間性を喪失し、欲望と妬み嫉み、暗い感情に支配されて自由気ままに生きる悪魔」
山田アキラの方をしっかりと見据えて話す。社会的生活を営んでおり、人間の生活になじんでいるように見えるアキラであるが、彼は悪魔である。ヤニア達や、これまでメイが倒してきた敵と同じく。
元は人間であるが、魔法の才能に恵まれ、己の欲望を満たすためにそれを使い続けるうち、人間性を喪失していった。こんな男が善意からNPO法人を運営しているわけがない。
「次に、重い禁欲と、子孫を残すという種の定めから離れ、誓約と制約によって能力を行使する魔法使い」
ちらりとジャキの方を見る。
サザンクロスの幹部、そして公安のスケロクも同様に魔法使いである。
「そして最後に、魔法少女だニャ」
おそらくまだ控室でへばっているだろうユキ、魔法熟女のメイ、そして聖一色中学校の三人娘。『正義』の側に立ち、『悪魔』を討伐する少女達。『ウィッチクリスタル』と呼ばれる石を触媒にして魔法少女へと変身し、その魔力を行使する。
「前々から思ってたんだが、その『ウィッチクリスタル』ってのはなんなんだ? 魔法少女にそれを与えてるのはお前らマスコットなんだろう? お前ら自身の存在も謎だが……」
アキラが尋ねると、たしかに暗闇の中、フェリアがにやりとほくそ笑んだ気がした。相変わらず緑色の両の眼は輝いている。
「まあ、そろそろ教えてやってもいいかニャ。マスコットを、そして魔法少女をどうやって生み出しているかを」
「生み出している?」
「そう、『生み出している』ニャ。時を越え、場所を変え、名前を変え、人の目を憚る様に転々と陰から陰へと隠れながら研究を続けてきたオカルト科学、錬金術の流れをくむ狂人集団。そんなものに生み出されたのが、ボク達マスコットニャ」
「アスカ達についていたあのサル、最近見ないが、あれもそうなのか?」
「ルビィだったかニャ? あれも同じ組織が生み出したニャ」
人工的に生み出されたのか、それとも普通の動物を改造したのか、それは分からないが、魔法少女のマスコットとは何者かが生み出した生物なのだという。
「ガリメラとかいうやつも?」
「あれは違うニャ。あんな生き物この世にいるわけないニャ。こわい……」
確かにルビィやフェリアはこの地球上に元々いる生き物が元になっているようだが、蝙蝠のような羽をもって生肉を食べる一つ目の化け物など聞いたことがないし、石化ガスを吐き出す生き物などというものも聞いたことがない。メイのマスコットは色々とイレギュラーな生き物のようである。そもそもメイはウィッチクリスタルを持っていない。
「ちょ、ちょっと待って下さい、じゃあ俺のこの腕は……誰が治せるんですか」
後方に控えていたジャキがそう言って右腕のスーツとシャツをまくって見せた。その腕は、石膏のように白く、そして石膏のように固まっている。
前回のメイ達との戦いで至近距離でガリメラのペトロブレスを受けた彼は、右腕を石にされてしまったのだ。
「悪いけど全く分からないニャ。治す方法を知りたいならメイに聞くしかないニャ。ほんとこわいから二度とその腕も見せないで欲しいニャ」
泣きそうな表情でジャキはスーツとシャツの袖を元に戻す。しかし全ての『真実』を知るフェリアにとってすら、あの魔法熟女と、その庇護下にいる怪物は規格外の存在なのだ。
「話しが逸れたが、結局『魔力』のリスクってのはなんなんだ?」
ジャキの腕の件はあまり興味がないのか、アキラは話を元に戻した。彼にとってはジャキは駒の一つでしかない。
「魔力を使うごとに少しずつ人間性を失っていき、最終的には『悪魔』と同じように理性を失っていくニャ。基本的には魔法少女と悪魔は同じ。『正義のために』という理性と、浄化装置たるウィッチクリスタルで押しとどめてるに過ぎないニャ」
「そりゃ楽しい。あのメイが俺と同じなってくれるって言うのか?」
心底楽しそうな表情でアキラは言う。
正直を言うと、色々あってこの男はメイとは別れることにはなったが、しかし「あの女は惜しい。出来る事ならばもう一度この手の中に取り戻したい」と思っているのだ。
「メイは多分ならないニャ」
なんだ、とフェリアの回答に詰まらなさそうな表情をする。
「メイはそもそもほとんど魔力を使わずに戦ってるニャ。それに充分なクールタイムを設けられればクリスタルや人間が本来持つ自浄作用で十分にそのリスクは避けられるニャ。問題は……」
ちらりと控室の方を見る。しかしフェリアが頭の中に描いているのは、その控室にはいない少女の事である。
「マリエみたいに浄化能力をはるかに上回る頻度で魔力を乱用してるタイプだニャ。多分マリエはもう相当人間性を……もっと言うとその人間性の元になっている『記憶』を大部分失ってるはずニャ」
「リスクとして失うのは記憶か」
「少しであればシナプスの関連性予測から記憶を補完できるニャ。でもあの頻度で無駄に魔力を使い続けたら、回復力もクリスタルの浄化も追いつかないニャ」
「ほう、なかなか面白い話だな。それでも魔法を使い続けたらどうなるんだ」
「記憶というのは人格を形成する大事な基本構成ニャ。それを失い続ければ人格が支離滅裂なものになり、感情の抑制や、冷静な未来の予測が出来なくなる、簡単に言うと後先考えずに行動する理性のない人間になるニャ」
ふん、と鼻を鳴らしながらアキラは空中に視線を彷徨わせながら顎をさする。彼はマリエが元々どんな性格だったのかは知らないが、今のマリエはまさにそれに当てはまるような気がしたし、以前に付き合いのあったヤニアもやはり同様にその傾向があったように感じられる。
「その頃になるとウィッチクリスタルも元々の透き通った美しい透明度を持たず、くすんだ色になるから見た目でも分かるニャ」
「そうなったらもう治らないのか?」
「症例が少ないから分からないニャ。ただ、さらに進行すると前頭葉が委縮して、他の部位よりも黒味がかかって固くなったようになるってことが分かってるニャ。こうなるともう人間とは言えないニャ。『悪魔』、または『魔女』と、その状態を呼んでるニャ」
「なんだ」
案外簡単な話なのだな、というのがアキラの感想である。
難しい事はいらなかったのだ。魔法少女を仲間に引き入れたかったらとにかく攻撃を加えて魔法を無駄遣いさせればよかったのだから。
それは今のDT騎士団の方針とは違うのですぐに仕掛けることはないだろうが、後々物事を有利に進められそうな要素ではある。
「そろそろ紹介してやってもいいニャ。魔法少女とボク達を生み出した、その『組織』を」
「そいつは心躍る話だな」




