魔法少女の朝は早い
魔法少女の朝は早い。
仕事に行くよりも三時間は早く起きて、まず確認することは相棒、ガリメラの様子である。
「二十年も連れ添った相棒ですからね。彼が居なくちゃ私の戦う力も半減ですよ」
大柄で鍛えこまれた肉体に卓越した戦闘技術。みなは彼女の研ぎ澄まされた個人の能力ばかりに注目しがちだが、実際には彼女を支える縁の下の力持ちあってのものなのだ。
ガリメラはただのペットではなく悪の気配を感じ取る哨戒役もこなす。もし彼が泡を吹いて失神していればそれは夜中、気づかぬうちに悪が現れた証なのだという。
夜も明けきらぬ空気の澄んだ朝、ガリメラに異常がない事を確認すると葛葉メイは朝のジョギングに出かける。
― 朝から体力を消耗して、いざというとき大丈夫なんですか? ―
「ウォームアップみたいなもんですよ。こうしないといざという時全力で戦えないんです。魔法少女は常在戦場ですからね」
葛葉メイは苦笑いしながらそう答えた。
軽いジョギングから戻ってくると葛葉メイはすぐに朝食の準備を始める。玄米のご飯に鳥のささみと、茹でたブロッコリー。まるでアスリートのような食事だ。
「うまいから食うんじゃないんです。生きるために食べてますね」
そう言って笑った彼女の顔はまさにアスリートだった。いや、戦士か。同年代の女性とは全く違う体つき。正義のために戦う魔法少女の姿は厳しい摂生に裏打ちされているのだ。
食事を手早く済ませるとすぐに学校に行く準備を始める。魔法少女と中学校教師の二足の草鞋を履く彼女。ここからは『先生』の顔だ。
― 学校の先生と魔法少女の二重生活は大変じゃないですか? ―
「まあ、大変は……大変ですね。でもどちらも私にしかできないことですから。どちらかが裏の顔や、表の顔じゃなく、どちらも私ですから」
そう言いながら生徒に挨拶をする彼女の顔は、どこからどう見ても教師でしかなかった。ホームルームを仕切る姿も、授業をする姿も、生徒の相談を受ける姿もだ。そこに、魔法少女の姿はない。
しかし、学校での仕事を終えてアパートに戻ると彼女の表情は一変した。
「ギルティィィィィ……」
異様な雰囲気を纏い、うめき声を上げるガリメラ。現場が騒然とする。このガリメラの鳴き声は、悪の気配を感じ取ったことを意味するのだという。
「いますね……夕暮れの、この時間が一番多いんですよ」
そう言ってから、葛葉メイはすぐに魔法少女の衣装に着替えだした。
― 悪の組織は、この間大きなものが壊滅したばかりだと聞きますが? ―
「ええ。多分これは野良だと思います。組織に属してなくても、たまに出るんですよ」
手早く答えて彼女はガリメラを小脇に抱えてアパートを飛び出した。女性とは思えないほどの健脚。スタッフは置いて行かれまいと必死だ。あんな目立つ格好をしているのに今まであまり話題に上がらなかったのは、この足のせいもあるのかもしれない。
何度か見失いながら、ようやく彼女に追いつくと、既に悪魔との戦闘は始まっていて、三点ポジションからヒザ蹴りを叩き込んでいるところだった。
元々は甲虫のように外骨格に身を包んだ化け物だったようだが、葛葉メイの膝蹴りを何度も受けて、外皮がボロボロになって体液が漏れ出している。
最後に葛葉メイは動きの鈍くなった悪魔の背後に回り込んでチョークスリーパーを仕掛け、窒息させるのではなく首をへし折った。
凄まじく速い決着だった。スタッフ達が追い付いたころにはもう決着がつく直前だったのだ。
― いつもこんなに早く決着がつくんですか? ―
「まあ、そんな簡単にはいきませんけどね。でも早く仕留められるならそれに越したことはないですよ。早く倒せれば、それだけ被害者も少なくて済みますから」
そういった葛葉メイは、少し悲しそうな表情を見せた。けが人か、被害者が出たのだろうか。
「今回は大丈夫です。もう襲われてた子供は逃げたみたいです。でも、いつもこんなうまくはいかないですからね。正直言って手遅れになることもあります」
割り切れないことも多い。そんな表情だ。結局襲われてた子供というのがどこに行ったのかは分からず、現場に戻ってくることもなかった。
化け物に襲われた現場に戻ってくる被害者はいない。命を掛けて悪魔を倒した彼女に、感謝の声をかける者は、ほとんどいないという。
― 魔法少女を続けるのは、つらくないですか? ―
「まあ、好きで始めた仕事ですから」
日が落ちた町でそう答える彼女の表情は、陰になって読み取ることが出来なかった。
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「なんなんこれ?」
訝し気なキリエの表情。一方リビングでちゃぶ台を挟んで座っているメイは鼻の穴を大きく膨らませて得意気な表情だ。
「ドキュメンタリーよ。どうよ?」
「どうよって……」
呆れ顔のキリエはリモコンでテレビを消した。
「ドキュメンタリーっていうか、番組のタイトルがナニ〇レ珍百景だったような気がするけど」
サザンクロスでの一件は大きな反響を呼んだ。
いろんなものが反響を呼びすぎて情報過多になって世間は大分混乱したのだが、その中の一つ、警察庁のスケロクという人間の身元をテレビ局が洗い始めるととんでもない物がひっかかった。
それが魔法少女、葛葉メイである。
そして彼女はテレビ局の密着取材を受けることになった、というのが事の顛末である。
「この間のDT騎士団との一戦でね、私思ったのよ」
相変わらず得意気な表情のメイ。ガリメラは部屋の隅で生肉を貪り食っている。
「やっぱりこれからはイメージ戦略だ、ってね」
正直言って一番隠しておきたい人には魔法少女の事はもうバレてしまった。もう彼女には失うものなどないのだ。
そこから、周りの人間や、元相方の意見などを聞くこともなく自己判断で密着取材を受けたのだ。
「別にあんたがどうしようと自由だけどさあ……これ本当に公にしていい情報なの?」