アナル開発事業団
― なんで俺の人生こうなんだ ―
肛門科の医師、堀田コウジは泣きそうになっていた。目の前にはおっさん型のペン立てに目一杯に詰められたアナルパール。すぐ後ろには現在お付き合いしている女性、その隣になぜかいる、その彼女の生徒の女子中学生。
どうせ診察時間外なのだ、いっそ「救急車でも呼べ」とか言い捨てて、このつらい状況から逃げ出してしまうのもありかもしれない。
そんな事を考えてみて、すぐに考えを改める。
こんなだからダメなのだ。自分の人生、いつもつらいことから逃げてばかりいた。
そもそも「肛門科」を選んだのも、あまり人の生き死にに関わることの少ない科だったからだ。彼の父も医者であったが、コウジとは違い産婦人科であった。「後学のため」として一度出産の場に立ち会わせてもらったこともあったが、結局「新しい命を生み出す手助けをする」という責任の重さに耐えきれず、産婦人科は諦めた。
「童貞の産婦人科医」という奇跡的な存在は結局誕生することなく露と消えたのだ。
手先の器用な彼には「医者の花形、外科医にならないか」という声もあったが、クソハードな上に責任は産婦人科以上、さらに体力の限界を感じて四十代、五十代になって転科すると、今度はその科でいい年してぺーぺーから始めなければならないというつらい現実がある。
結局彼は「最初から肛門科で行こう」と、この科を志すことになったのだ。
しかし、結局自分の専門を知人にも言い出しにくく、友人づきあいはどんどんなくなり、童貞のまま魔法使いへ。そして現在付き合っているメイにも職業を打ち明けられず、最悪な形で暴露することとなったのだ。
メイは何も言ってこないが、きっと落胆しているはずだ、と彼は考える。
(前に言ってた『人間の汚いところを見せつけられる仕事』って、まんまじゃねーか、って思ってるはず……こんな事ならあんな格好つけたセリフ言うんじゃなかった)
次から次へと湧いてくる悪い考えを振り払って目の前の患者に集中する。
しかし段々のついたアナルパール、それも七本も同時に入れられてしまってはなかなか抜けない。メイ達に見つめられている緊張も相まって指が思う様に動かない。
「ふぅ……」
一旦ペン立てから離れて息を整える。冷静にならなければ何事も成せない。
とはいうものの、冷静になったところでこれが抜けるかどうか。ふと、コウジはちらりと後ろに振り返り、そして逡巡する。
だが背に腹は代えられまい。そう考え、恥を忍んで声をかけた。
「アスカちゃん……手伝ってもらえませんか」
「!?」
そう、彼は考えたのだ。スケロクのアナルは彼自身のアナル開発事業団によって十分に開発されている。しかしそれでも七本は抜けない。指を突っ込む隙間がないのだ。だが、これがもし成人男性であるコウジよりも手の小さい子供、それも女性の手であったらどうだろうか? きっと抜けるのではないか? そう考えたのだ。
「いや……いやいやいやいやいやいやいやいやいや!! 絶対嫌です!!」
「アスカちゃん……」
明確に拒否の意思を示すアスカに、スケロクがつらそうな表情で話しかける。
「分かってる。堀田先生が特殊なプレイに女子中学生を誘う変態だと思っているんだろう。堀田先生はアナルに関してだけは信用できる人だ」
「全然分かってない!! おっさんのアナルに触れたくないんですよ!!」
「ケツの穴をペン立てにしてる変態にだけは変態と呼ばれたくないですね」
アスカとコウジはスケロクに猛抗議するが、今回はスケロクも純然たる被害者なのだ。それはまあ置いておいて、コウジはすぐに冷静になり、アスカの説得に入った。
「いいか、アスカちゃん。今頼れるのは君しかいないんだ。僕の手や指では太くて入らないが、しかしまだ子供で女性の、君の指なら無事彼のアナルから異物を取り出せるかもしれないんだ」
「うぐ……」
正論ではある。
しかし時にはそれがたとえ正論であろうとも抗わなければならない時がある。今がそうだ。
「べ、別に私じゃなくても……」
ちらりと辺りを見回すと、パイプ椅子に座ってスマホを弄ってるメイが視界に入った。
「いやあ……」
彼女が何を言いたいのかを理解してコウジが言葉に詰まる。言っていい物かどうか。
「その、ね。僕よりも、手の小さい人じゃないと……」
メイはコウジよりも体格がいいのだ。まだ手を繋いだりはしていないのだが、おそらく手もでかいだろう。メイが気を悪くするかもしれないと思ったコウジだったが、どうやら彼女はそれよりもスケロクのアナルに手を突っ込まなくてもよいという事にホッとしたようだった。
「いいから手伝ってください! これも魔法少女の仕事だと思って!!」
「いやあああぁぁぁぁぁ!!」
泣き叫び、全力で拒否しながらも、しかしアスカは協力の姿勢を見せる。そうだ。これが魔法少女なのだ。自らの身を犠牲にしながらも、人助けをする尊い姿なのだ。魔法を使わずとも人を助けられるという道筋を、今スケロクが身をもって彼女に示しているのだ。
「んはあぁぁぁぁ♡ 女子中学生が俺のアナルをぉぉぉぉ♡♡♡」
死ね。
――――――
――――
――
日付も変わるころ、ようやく摘出を終えてメイとアスカはそれぞれの家路についた。スケロクはアナルだけでなく体力の消耗も激しかったため、入院施設の整っている地域の中核病院に明日送られることになり、今も堀田肛門科のベッドで休んでいる。
堀田コウジはカルテを整えながら考える。
メイが魔法少女なのは分かった。納得はいかないが。
そして彼女もまたDT騎士団をめぐる一連の事件の関係者であるという事を。
だが彼が今一番気にかけているのはそこではないのだ。極めて私的な問題。
今日のアレは、一体何だったのか。
(DT騎士団と何か一悶着あったとして、そのトラブルの結果あんなことになるとは思えない)
実際そうなのであるが、しかしメイとアスカがそのことに一言も言及しなかったので彼にはそこまで想像が及ばないのだ。
(まさかとは思うが、メイさんとスケロクさんは、元々そういう関係で、しかも女子中学生のアスカちゃんを巻き込んでこんなプレイを……?)
一人で考えてばかりいるとどんどんよくない方向へと思考が飛んでしまう。さきほど、勇気を出して一言メイ本人に聞きさえすればよかった話なのだが。
それをしないことが、自分にとってつらい「かもしれない」事実を確かめることが、彼自身が治さなければいけないと思っている「逃げの姿勢」なのだと気づけないのだ。
(考えてみれば不自然なんだ……あんないい女が、すぐ近くに居て二人が男女の関係にないだなんて)
そしてコウジの妄想はメイとスケロク、二人の関係への勘繰りに変わっていった。
(バカバカしい……僕一人で盛り上がって、きっと笑われてたんだ。からかわれてただけなんだ。メイさんみたいな美女と、国家公務員のスケロクさん……お似合いの二人じゃないか)