ペトロブレス
「死ねぇ!」
「待って!」
スケロクに捻じ込まれた合計七本のパール。
あれだけ大笑いしていたメイもさすがにもう笑っていない。今度は吐き気をこらえているように見える。ケツの穴ってあんなに広がるもんなんだ。
それはともかく、網場の蛮行をユリアの悲痛な叫び声が止めた。
「よせっ、ユリア!」
「……あ、愛します……」
その絞り出すような言葉を聞いて網場は満足げな笑みを浮かべたが、努めて感情を抑えるように振舞い、彼女の声に被せる様に大声を出した。
「聞こえんな」
どうやらサディスティックな心に火が付いたようだった。これ以上さらに二人を辱めようというのか。それともここまで頑なだったユリアに対し鬱憤を晴らそうというのか。
「その程度で俺の心が動くと思っているのか!?」
そう言ってさらにパールを刺激すると、スケロクがうめき声を上げた。ユリアはいよいよ追い詰められ、観念したような表情を見せて、今度は叫ぶ様に言ったのだ。
「愛します! 一生どこへでもついていきます!!」
「フハハハ! 聞いたかスケロク!! 俺を死ぬほど嫌いだと言った女が!!」
言ってない。
言ってないが今そこはどうでもいい。網場はパールを弄る手を止め、上からスケロクを踏みつぶすように足蹴にした。
「女の心変わりは恐ろしいのぉ!!」
完全に主役気取りの網場は意気揚々とユリアの元に足を進める。彼の上司の夜王とこの場を演出したジャキは当然ながら不満顔である。そりゃそうだ。網場のしたことと言えばスケロクのケツにパールを突っ込んだことだけなのだから。それで全部自分の手柄みたいな顔をすればフラストレーションも溜まろうというもの。
「これでユリアは俺のものだ。どこへなりと消えろ」
と言ったきり、何かに躓いてその場にべしゃっとこけた。
ジャキがくいっと何かをつまんで引っ張るような仕草を見せた。おそらくは彼の『糸』を引っ掻けたのだろう。
「悪いがそうはいきませんよ、網場さん。こいつらにはここで死んでもらわなきゃならないんです」
「やっぱりそう来たか……」
ステッキでぽんぽんと自分の肩を叩いてメイが呆れ顔でそう言った。アスカも臨戦態勢を解いていない。いざとなれば魔法でジャキの糸を焼き切り、ユリアは無理でもせめてスケロクだけでも助け出して逃げ出そうという構えなのだろう。
「アキラ、ユリアを連れて奥に下がっておれ」
夜王が声をかけるとアキラはユリアを小脇に抱えて奥の部屋に下がっていった。ユリアは……もはや全ての希望を失い、ただ泣いていた。無理もあるまい。命を得て、ようやく愛しい人に再会できたと思ったらあんな醜態を見せられることになったのだ。
「フンッ」
メイが何もない虚空にステッキを振ると、それはある位置でぴたりと停止した。そのまま彼女はステッキを握る手を放したが、それは床に落ちることなく空中に静止している。
「なかなかの強度ね、この糸……ガリメラッ!!」
メイが呼びかけるとその辺のソファに停まっていたガリメラが羽ばたいて宙に飛ぶ。アスカはその姿に恐怖しながらメイに尋ねる。
「あ、新しい武器を出すんですか?」
恐怖を隠すことが出来ない。何度見てもこの化け物だけは見慣れないのだ。無理もあるまい。この生き物が人の言葉を解しているとは思えないし、以前には自分達のマスコットであったルビィをバリバリ捕食しているところを目撃している。
メイはガリメラの口に手を突っ込んで武器を取り出していたが、むしろそのまま腕を食いちぎられないのかと心配なのだ。
「こ、このガリメラってちゃんという事きくんですか? どうやってコミュニケーションれとてるんです?」
「とれてないわよ」
衝撃の事実。しかし納得。
「でもとりあえず私のことは味方だと思ってくれてるし、敵は敵と認識してるわ。あのサルはエサと認識したみたいだけど」
そう言いながらメイはガリメラの方に手を伸ばしたのだが、しかしガリメラはそれをスルーしてジャキの方に飛んで行った。早速の命令無視。
何をする気なのかと一瞬メイも戸惑ったが、しかしガリメラは空中でホバリングしながらギラリと目を光らせた。
「む、下がれ、ジャキ! 危険だ!!」
そう言って夜王は一足先に後ろに下がり、網場もそれに倣って部屋の端まで後退する。部屋の中心近くにいたジャキは一瞬判断が遅れ、慌ててガリメラを迎撃しようと右腕から黄金の糸を噴出させる。
しかしガリメラはそれを気にすることなく大きく口を開いた。
― ペトロブレス ―
この小さい体のいったいどこから? というような異常な量の白い煙がガリメラの口から吐きだされる。誰もが「なにかヤバい」と感じて距離を取った。
「くそっ!!」
最も距離が近かったジャキは糸を収束して打ち出しながら後退するがほんの少しだけ煙に触れてしまった。
「これは……石化してる?」
アスカが声をあげた。先ほどからメイ達の周囲を取り囲んでいたスパイダーウェブの糸が石化し、その粘着性は失われ、触れると容易く粉々に割れ、パキパキと割れ始めたのだ。
「メイ先生! この能力はいったい……ッ!?」
「わかんない……初めて見た。超怖い」
頼りにならない先輩である。
しかしこれはチャンス。最初は予想外の事態に戸惑っていたメイであるが、糸が石化したことに気付くとすぐにスケロクに近づいてその体を担ぎ上げた。
「白石さん! 今のうちに逃げるわよ!!」
「はい!!」
「う……」
スケロクは痛みで意識が朦朧としていたが、石化ガスの向こう側、部屋の奥の扉に向かってほんの少しだけ手を伸ばして呻いた。
「ユ……ユリア……」
その声は、扉の向こうのユリアには届かない。
メイはケツ丸出しのままのスケロクを担いで、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したサザンクロスを飛び出た。
ペトロブレスを浴びてしまったジャキがどうなったのかも、完全に敵の手に落ちてしまったユリアがどうなったのか、マリエはもう戻ってこれないのか、全てが分からないまま。
「先生! 私今すごく恥ずかしいです!」
「タクシー! ヘイタクシー!! 白石さんもタクシー呼んで!!」
数多のタクシーにパスされながらもようやくメイは一台のタクシーを止めてそれに乗り込んだ。
「うわっ!? お姉さんどういうプレイしてんの!?」
運転手もメイ達の格好に気づいて困惑である。アスカはかろうじて普通の格好をしているが、メイは魔法少女の服装、そしてスケロクはケツ丸出しの上にアナルには尋常でない数のアナルパールが刺さっているのだ。
「と、とりあえず……」
メイは口ごもる。とりあえずどうしようか。自分の家にこの汚い切れ痔男を入れたくはない。ならばスケロクの家に行くか。
そこでこのパールを抜くべきなのだろうが、こんなものには絶対に触れたくない。
「びょ、病院……近くの肛門科に……」
「メイ……」
苦しそうな声でスケロクが呼びかける。
「今から言う住所に……俺のかかりつけの肛門医がいる……」
かかりつけの肛門医!!