前立戦隊アナリオン
「前立腺を……百パーセント……」
スケロクも前立腺には一家言ある人物である。
「そうだ。それにより俺様は自分の潜在能力を百パーセント引き出すことが出来るようになったのだ」
これにはスケロクも苦笑い。
とはいうものの。
実際に潜在能力を引き出しているのだから仕方ない。もうこの際細かいことはつっついても仕方ないのだ。三十過ぎたら童貞が魔法使いになるような世界観で前立腺でパワーアップする人間がいても不思議はないのだ。
(だとしても、いつの間に? 俺が接近する間こいつには不審な動きは一切なかった。いつの間にアナルを弄ったっていうんだ?)
説明不足であったが前立腺とは男性の生殖器の一部であり、膀胱の下に位置する。通常これを外部から刺激するときは直腸から圧迫する。(通常はそんなことしない)
「おおっ!!」
しかし戦闘中にアナルのことなど考えていては隙を作るだけだ。考え込んでいるスケロクに網場が左ジャブを放つ。スケロクは今度はそれを上手くいなして距離を取った。
「考え事をしている暇なんぞないぞ!!」
百裂拳のような密度はないものの、連続して網場は攻撃を放つ。スケロクは拳の間合いのギリギリの位置を出入りしながら慎重に、そして素早く躱す。
筋力の高い者はスピードを犠牲にしていると何故か考えられがちであるが、実際には違う。筋力があればスピードも当然速いのだ。筋力偏重の者が犠牲にしているのは『俊敏性』である。
すなわち質量の増大による慣性力のため細かくすばしっこい動きが苦手になる。スケロクはまさにその『俊敏性』を最大限生かして隙を伺いながら網場の攻撃を捌く。
一撃喰らえば全てが終わってしまう強大な攻撃。それを必要最小限の動きで捌き続けるのは体力よりも精神力を消耗する。
しかし網場の方もその弱点については当然熟知している。自分の身体なのだから。これをカバーするために網場は踏み込みを軽くし、テイクバックとフォロースルーを最小限にする。
要はそこまで全力で攻撃しなくても筋力のアップ分で充分にペイできるので回転を早めるのだ。
「媚びろ~!! 媚びろ~!! 俺は天才だ、ファハハハ!!」
調子に乗って無思慮に連続攻撃を仕掛けてくるように表面上見える網場、しかし隙を見せないように踏み込みを甘くしているのだ。スケロクはこれを何とか凌ぐのに精いっぱいという所である。
「くっ……」
一瞬。
網場の右拳を払ったスケロクが大きくバランスを崩したように見えた。その隙を逃す網場ではない。
「もらった!!」
若干かがんだ姿勢になったスケロクに打ち下ろし気味の左拳を首元に放つ網場。しかしそれはスケロクが『わざと』見せた隙であった。スケロクは網場の腕の下をくぐるように、ぬるりと倒れ込みながら彼の身体の外側に移動する。
そしてその動きに「しまった、罠だったか」と網場が視線を動かした時であった。
ここまでならば、まだ体勢を崩していない網場はいくらでもリカバリーが利いたはずだったのだ。だが視線を外側に逸らしたのがまずかった。
確かにスケロクの身体は彼の外側に流れていたのだが、しかしその衝撃は内側からきた。
左側に流れた網場の顔、その右側から、スケロクの身体が無い筈の場所から膝蹴りが飛んできたのだ。
「がっ……!?」
スケロクの体は確かに網場の左腕の外側にいた筈。しかし実際には外側に移動したのは上半身のみ。スケロクは鉄棒のように網場の腕にぶら下がって支えにし、『内側』に残っていた下半身の左足で跳び膝蹴りを敢行したのだ。
大きく体勢を崩す網場。スケロクはさらに外側に逃げた上半身の勢いを使って、掴んだ左腕を引っ張りアミバの身体を引き倒そうとする。
それと同時に、膝で蹴り上げた下半身の勢いはそのままに、網場の腕をそれこそ鉄棒の逆上がりのように利用して、回転、左足はそのまま網場の頭部を通り過ぎ、遅れて来る右足の膝裏で敵の首を刈り、仰向けにさせながら尻で着地。
右足は完全に網場の体を押さえつけ、片足腕ひしぎ十字固めの体勢に入ったのだ。
はっきり言って完全には決まっていない。左足が体の上に乗ってないので網場とスケロクの体重差を考えれば、網場が脚で地面を蹴って飛び起き、無理やり後転すれば外せる体勢なのだが、しかしそれを許すスケロクではない。
「終わりだ」
ギブアップがある試合ではない。死合いなのだ。刹那の間も置かずスケロクは上半身を後ろに倒して腕をへし折ろうとするが……しかし途中で止まった。
「ん……なにっ!?」
ある一定以上、全く上半身が後ろに倒れない。感覚からして網場が腕の力だけで抵抗しているわけでもない。何か、椅子の背もたれのように引っかかって、それ以上後ろに体を逸らせないのだ。
「ふふふ、危なかった」
そうこうしている間に網場はスケロクの身体をおしやり、右足を外して腕ひしぎから離脱する。
しかしそれでもまだスケロクの身体は動かない。中途半端に上体を倒した姿勢のまま固まっているのだ。
まるで。
まるで、蜘蛛の糸に絡め捕られたかのように。
「か……体が、動かない……」
「よくやってくれた、礼を言うぞ、ジャキ」
その言葉にスケロクはまだかろうじて動く首を振り向かせて、メイと相対しているはずのジャキの方を見た。
メイと戦っているものだとばかり思っていたのだが、二人は構えも取らずに網場とスケロクの戦いをぼーっと見ていたのである。
そしてジャキの体から、数本、いや数十本のキラキラと光を反射する糸が見える。その糸のいくつかが自分の身体に巻き付いていたのだ。
「迂闊でしたね、スケロクさん」
ジャキの端正な顔立ちがにやりと笑顔に歪む。
「これは一対一の戦いじゃないですよ。二対二の戦いなんです」