ジャキ対メイ
「中学生相手に容赦ないな……」
ホールの奥でまだ泣いてるマリエをちらりと見ながら邪鬼が呟く。泣き止まないマリエを夜王が慰めていた。こういう所は流石元ナンバーワンホストである。
「悪いけど、子供に現実を教えるのが教師の仕事なのよね」
加減しろ莫迦。
それはともかく。
夜王がマリエにつきっきりで、アキラもユリアの身柄を押さえているので、実質的に網場、ジャキ対メイ、スケロク、アスカの2対3、数的有利を押さえた状態に見える。
「アスカちゃんは……下がっているんだ」
「私もそれがいいと思うわ」
スケロクとメイの考えは一致している。しかしここまで来たのに蚊帳の外など、アスカは当然納得ができない。
「子供みたいに泣いてるな、マリエ……」
スケロクの言葉に視線をやるアスカ。えづくほどに泣いているマリエの姿は、たしかに中学生には不相応に見えるし、メイの言葉もそこまで彼女を傷つけるものには見えなかった。
「俺には、感情の制御が出来ていないように見える」
先ほどの会話の続きなのだ。魔法の使い過ぎで、マリエが理性による心の制御が効かなくなってきているのではないかとスケロクは危惧しているのである。そして、戦いに身を置くことで、アスカも同じようになるのではないかと。
マリエの変化を誰よりも敏感に感じ取っているのが他ならぬ幼馴染みのアスカである。納得がいかないながらもアスカは一歩下がった。何より幼馴染みの裏切りを目の当たりにしてしまったのだからそう判断するのも無理ないだろう。
「さて、これで2対2だな。フフフ」
スケロクとメイの前に網場とジャキが立ちふさがる。自然と目の前にいた網場をスケロクが、ジャキをメイが対応するように構えを取る。
「メイ、そいつの連打と糸には気をつけろ」
網場と正対し、警戒しながらスケロクが言う。
「ふぅん、連打ねえ……」
メイは肩たたき棒のようにステッキ(メイス)で自分の肩をぽんぽんと叩きながらジャキを値踏みするように上から下までつぶさに観察する。
夜王と網場はかなり筋肉質で大柄な体をしているのだが、ジャキはこの二人と比較すると、顔立ちも中性的で、体格もほっそりとしているように見える。筋肉至上主義のメイからすればこの男に脅威を感じないのだ。
「どっちにしろ、素手なら話にならないんだけど」
そう言ってメイはステッキを構える。左手で石突を掴み、右手で先端に近いヒットポイントの少し手前を支えるように持つ。素手よりもほんの少しリーチが長く、そしてスピーディな制御ができる構えである。
「やれやれ、女は殴らない主義なんですけどね」
「女殴ってそうな職業ナンバーワンがよく言うわ」
ぴくりとジャキの眉根が動く。挑発して相手のスキを突くのはメイの常套手段である。
「ホストを……甘く見過ぎですよ」
一方ジャキは両手を軽く前に出し、膝は少し曲げて棒立ちではないものの自然な立ち姿に近い構え。相手を挑発するように薄い笑みを浮かべていたメイの表情から笑みが消えた。荷重を感じさせないそのジャキの構えから彼の練度を感じ取ったのだ。
ゆらりと。まるで柳の葉が風に揺れる様に。攻撃の起こりを全く読ませない動きでジャキ間合いを詰める。一方のメイは通常ならば得物を持つ有利を生かすために距離を保つのだが、反対に彼女も距離を詰めるべく前に出る。
「あたぁッ!!」
先ずは様子を見る様にジャギの拳が一発だけ飛ぶ。メイはステッキの先でそれを払い、その勢いを殺さぬようステッキを反転させて石突の方でカウンターを取ろうとするが。
「あたぁ!!」
次の一撃がステッキの石突を受ける、いや、迎撃したのだ。彼女のステッキが宙に舞う事となった。互いに無手の状態で超至近距離に足を踏み込んでしまった二人。
「あたたたたたた!!」
そして間髪置かずしてジャキの連打。メイはその拳雨の中に身をさらすこととなる。スケロクを倒した百裂拳である。
「むぅッ! まずい、連打を止めろ!!」
マリエを慰めていた夜王が声を上げた。
凄まじい拳の連打で見えづらいが、しかし確かにメイはその突きを喰らってはいないのだ。内側に入り込むように位置している。そして、ジャキが先ほどメイのステッキを払ったように、彼の拳に自分の拳を当てて迎撃しているのだ。受けているのではない。彼女自身拳を放って。
一見、見当違いのところ、大きく外側に突きを放っているように見える。しかしその拳がジャキの突きを撥ね飛ばし、軌道が変わってジャキの顔に吸い込まれるようにヒットする。反対にジャキの拳はメイの位置より大きく外側に弾かれる。
それを絶え間なく連続して、全ての攻撃に対して行っているのである。
「如何に見えないほどの超高速の連続攻撃と言えども初撃はただのパンチでしかない。最初の攻撃を見切れれば圧倒的に有利になる!」
自分を圧倒したジャキの攻撃に見事に対応したメイにスケロクは素直に感心する。そしてジャキの方はというとカウンターを取られているというのに連続攻撃を止めることができず、コマ送りのように衣服がボロボロに、顔が腫れていく。
「だが……何か妙だ。前はもっとパンチの密度が高かったような……」
スケロクの感じた違和感に呼応するように、カウンターを受けながらジャキがニヤリと笑みを見せた。
「終わりじゃないぞ」
「!?」
次の瞬間、やはりスケロクの言う通り突如として拳の回転速度が上がったのだ。確かにカウンターを丁寧に合わされていたというのに。
「キャアッ!!」
メイはそれに対応しきれずに数発の拳を受けて後ろに吹っ飛んだ。いや、実際には復帰不可能なダメージを受ける前に後ろに飛んだのだろう。
「メイ先生!!」
「下がってて」
倒れたメイにすぐにアスカが駆け寄ったがメイはそれを制止した。
「何か、手数が……いや、まるで手が増えたような感覚……ッ!!」
「ほう、なかなか鋭いな」
メイの言葉に呼応してボロボロになっていたジャキが両手を広げて見せた。しかし異様な事に彼の両腕のすぐ下からさらに腕が一本ずつ生えていたのだ。金色に輝く不気味な腕。以前に二度ほど対峙しているスケロクはすぐにその正体に気付いた。
「奴め、『糸』の能力で腕を作り出して連打に当てていたのか」