処女厨
「ふぅん、そうなんだ」
努めて冷静な声をあげるメイ。
青木チカから得られた新しい情報。ユリアを白石家で保護してもらう様に進言したのが誰であろう、赤木マリエだったのだ。
その事実の意味するところは誰もがなんとなく理解できる。
彼女はスケロクに随分とご執心であった。
つまり、ユリアをアスカの父に保護してもらう様にアドバイスしたのはもちろん親切心からではないし、面白い事態になるだろうという悪戯心からでもない。
恋のライバルとなる邪魔者、ユリアをスケロクに会わせずに排除する事。正直言うと彼女がスケロクにご執心というのはどこまで本気なのかと誰もが訝しんではいたのだが。
「マリエ……?」
小さく白石浩二が声を出す。すると即座にメイが人差し指を唇の前に立てて、喋らないようにジェスチャーをする。
今もしているのかどうかは知らないが、彼女はスケロクを盗聴しているはずなのである。ここで迂闊な事を言えば後々面倒なことになる可能性がある。
「まあ、白石さんもお母さんが出て行ってから随分経つから、『いいひと』を紹介しようって気持ちもわかるけど」
盗聴されていることを想定して無理のないように話題を続けたのだろうが、あまりにも話題のチョイスが悪すぎる。その『出て行ったお母さん』をぶっ殺したのがメイなのだから。
アスカは無言でドン、とテーブルを叩いて立ち上がった。
「お、おい、どこに行くんだ」
せっかく帰ってきた娘が明らかに不機嫌な、というよりは憎悪の表情を浮かべて立ち上がったのだ。浩二は狼狽えるが、しかしここまでの状況を考えればどういうつもりなのかは分かる。
あれから何か状況がよくなったわけではない。アスカは相変わらず母を殺したメイと、それを見て見ぬ振りした父が許せない。それは変わっていないのだ。
「帰る」
スケロクの家に。
「待って、アスカちゃん!」
家を出て行くアスカをチカが追いかける。が、スケロクは追いかけない。おそらく合い鍵を持っているのだろう。
そんな事情はともかくとして、メイは無言で考え込む。
厄介なことになった。
もし全て分かっていてマリエが裏切ったのだとしたら、本来守るべき一般市民側にいるはずの子供が敵に回ったという事になる可能性がある。
メイの信念として、ヤニアの時がそうであったように、相手の事情、立場によって『正義』を執行するかどうかを決めない。自分の都合や感情で『正義』を出したり引っ込めたりしない。そこだけは守ってきたのだ。
今のところDT騎士団はメイの領分ではなく警察や公安の案件ではあるものの、もし表立って自分がこれと戦うことになった時、自分は、自分の生徒であるマリエと戦えるのだろうか。
――――――――――――――――
「アスカちゃん!」
とうに日も落ちた暗い道の途中、一人で帰途についたアスカをチカが呼び止めた。
「なに?」
振り返る少女の顔には少しの険が見える。
「その、だいたいの話は聞いたんだけど」
ヤニアの一件についてはその後マリエやメイから事情は聞いた。メイや父親に反発するアスカの気持ちも分からないではない。
「メイ先生の事を、恨んでるの?」
問いかけると、アスカの眉間に皺が寄った。
「当たり前でしょう」
びくりとチカが驚いて身震いしたが、しかしアスカの怒りがそれ以上爆発することはなかった。感情的にはメイと父を受け入れることは出来ない。しかしそれがどこまで言っても自分の『感情』だけの話だという事は彼女自身分かっているのだ。
メイの取った行動に合理性があることも、人を殺していたヤニアがやはり倒さなければいけない敵だったという事も。
むしろあのままだらだらと続けていたらアスカがヤニアに取り込まれる、又は彼女が実の母親と直接対決をするなどと言う最悪の結果になっていた可能性が高いのだ。
アスカは歯を食いしばってチカに背を向けた。
「私……もしアスカちゃんまで裏切ったりしたら……」
まだ確定ではないが、マリエがメイ達を裏切り、山田アキラに与している可能性は高い。
「大丈夫、私はそこまで理性を失ってはいないわ。ただ……」
アスカはゆっくりと歩きだす。
「ただ、今はまだ心の整理がつかないだけ……」
――――――――――――――――
「さて、どうするつもりなのよスケロク」
一方白石家のリビング。
「なにがなんでも助け出す!!」
ドン、とテーブルを拳で叩きながら力強くスケロクが答える。メイの方は冷めた顔でため息をついている。
「あのねえ、心意気なんて聞いてないわよ。どうすんのかっつってんの。ヒロイックな気持ちに酔って突っ走るような歳でもないでしょうに」
「私も協力します!!」
テーブルを叩きながら白石浩二も力強く叫んだ。
さすがは男の欲望のために作られたダッチワイフ。非モテ男性への訴求力が異様に強い。性欲は男をヒーローにするのだ。
「気持ち悪い……何二人していきり勃ってんのよ。ダッチワイフにいいように使われてんじゃないわよ」
「たとえダッチワイフでも……ユリアは俺にとって大事な女なんだ!!」
メイは養豚場の豚でも見るような目でスケロクを見る。
「俺が間違っていた。たとえ大切なものを守るためでも、大切なものを手放しちゃいけなかったんだ」
「分かる。分かるぞスケロクさん! 失って初めてその大切さに気付くんだ!」
「こいつらホントにシラフなのかしら」
メイを置き去りにして自分の世界に没頭したかのように盛り上がる二人。しかもダッチワイフの話題で。
「ガキっぽい言葉だからあんまり使いたくなかったけど、マジでキモいわ」
葛葉メイ、心からの言葉である。
「いやちょっと待って。よくよく考えたらおかしいわ。スケロク、あんたはまあいいわ。正直言うとあんたがロリのダッチワイフ持ってても何の違和感もないし、キモいとは思っても内心『やりそうだなあ』とは思うけどさ」
メイはびしっと白石浩二を指差す。
「あんたの方は何他人の中古のダッチワイフに入れ込んで同情してんのよ。私の感覚からするといまいちわかんないんだけど男の人って他人が使ったダッチワイフとかオナホとか汚いって思わないの!?」
正論オブ正論。とうとう生徒の父兄を「あんた」呼ばわりである。
「葛葉先生、あなたは……」
白石浩二はそれでもまだ抵抗をする。その表情には哀しみを湛えているように見える。
「処女厨(※)ですか」
※女性の性経験の有無に異常に執着し、非処女を排斥する人間の事。童貞キモオタに多い。